Session 対談・鼎談ていだん

2023.9.28

#02

独特な文化をもつ「天下の台所」大阪から生み出されるイノベーションの可能性

1日に乗り降りする客数は200万人以上。西日本最大のターミナル駅であるJR大阪駅前に位置する梅田貨物駅跡地約24ヘクタールという広大な敷地を、国際競争力の高い知的創造都市に生まれ変わらせる——産官学連携によって「うめきたプロジェクト」の開発がスタートしたのは、2002年のこと。2013年には先行開発区域(グランフロント大阪)がオープンし、いよいよ2024年9月、2期区域(グラングリーン大阪)の一部が開業する。

その中核機能として準備が進められているのが、「JAM BASE(ジャムベース)」。大学の研究機関や、さまざまな規模の企業が入居し、イノベーションの集積地となることを目指している。

このJAM BASEではどんなイノベーションに期待が集まっているのか。どんなコラボレーションの可能性があるのか。JAM BASEや大阪にゆかりのある研究者や起業家のインタビューを通して、その魅力を紐解いていきたい。

  • 田中 邦裕(たなか・くにひろ)

    さくらインターネット代表取締役社長。1978年、大阪府生まれ。国立舞鶴高等専門学校在学中の96年にさくらインターネットを創業し、レンタルサーバー事業を立ち上げた。 2005年東証マザーズに上場、15年東証一部へ市場変更し、現在はプライム市場。複数のスタートアップ企業のメンタリングやエンジェル出資を行うほか、ソフトウェア協会会長や日本データセンター協会理事長、関西経済同友会常任幹事、AI戦略会議構成員も務める。

  • 廣澤 太紀(ひろざわ・だいき)

    THE SEED General Partner & CEO。1992年、大阪府生まれ。2015年シードVCに入社。新規投資先発掘や投資先支援に従事。2018年9月 独立し、シードファンド「THE SEED」を設立。2021年3月 2号ファンドの設立を発表現在、1、2号+追加投資ファンドで約22億円を運用。20代の若手起業家へ創業出資。スマートコーヒースタンド「root C」、農業技術のSaaSサービス「AGRIS」やVR/AR事業など、現在約50社へ創業投資。

  • グライムス 英美里(ぐらいむす・えみり)

    Yuimedi代表取締役社長。1988年、兵庫県生まれ。京都大学薬学部卒業。薬剤師免許取得後、武田薬品株式会社にて臨床開発に従事。産官学を通じた日本の医療システムの改善に興味を持ち、スイスチューリヒ工科大学で医学産業薬学のマスターを取得。その後、マッキンゼーアンドカンパニーにて、コンサルタントとして経営的視点を学ぶ。医療×データに関するデジタルソリューションを開発するため、20年11月にYuimediを創業。

起業家にとって本当に必要な支援とは

古くは「天下の台所」として日本経済をリードした歴史をもつ大阪。独特なコミュニケーション文化を有する地から生まれるアントレプレナーシップにはどんな力があるのか——。JAM BASEの魅力を探る連載第2回に登場いただくのは、同施設に入居予定であるさくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕、シードファンドを運営し関西でもスタートアップ支援を行うTHE SEED General Partner & CEO の廣澤太紀、そして関西出身の起業家であり医療データを利活用できる形にクレンジングするソリューションを提供するYuimedi代表取締役社長のグライムス英美里の3人だ。

産官学が入居するJAM BASEは「イノベーション」がテーマだ。このイノベーションは、スタートアップ企業から生み出されることが多い。スタートアップを支援する立場、支援を受ける立場の双方から見た、新たな価値を創造するために必要なこととは何か。

クラウドコンピューティングを提供するさくらインターネットは、長年にわたり大阪に本社を置き、創業時から本業を通してスタートアップを支え続けてきた。ここ10年ほどは明示的に「スタートアップ支援」と謳い、起業家に寄り添い伴走しつつ様々な面でのサポートを実施している。

「起業家への支援は、メンタル面のサポートが重要だと思います。できないと思う障壁を取り除いて、背中を押すことがいちばんの支援です。ただし、あくまで“支援”ですので、僕自身が答えを出したり行動したりすることはありません」(田中)

さくらインターネットは、沖縄県那覇市にDX人材の育成とデジタルイノベーションの創出に向けた新拠点「SAKURA innobase Okinawa」を2023年9月1日に開所した。

同じく支援する立場にある廣澤は、シード期にある若手経営者が事業を検討するための情報提供や、投資家やメンターとなる人とのマッチングを行う。若手のうちに起業を目指そうとすると、社会人経験が豊富でないがゆえにぶつかる壁があるという。廣澤は、その壁を取り除くサポートをする。

「起業家はどうしても他者からのアドバイスが得られにくくなるものです。僕ができることとして、成長企業の事例やビジネスマナーも伝えながら、事業のステージによって“当たり前”の基準を上げていく後押しをしています」(廣澤)

起業家として支援を受けてきた立場であるグライムスは、「ベンチャーキャピタル(VC)からあらゆる温かい支援を受けたからこそ、起業できた」と起業の経緯を語る。廣澤が言うように、メンターの必要性を感じ続けてきたのだ。起業を経験した人の肌感覚も含めた支援は「最良の教科書」であるという。

グライムスが出資を受けたVCのパートナーは、事業アイデアが固まらない段階から一緒に検討を重ね、その時々で必要な人材も紹介してくれた。献身的ともいえる手厚いサポートによって、起業に向けた不安は和らいだという。

「日本はまだ、出資したい人に比べて起業を志す人が少ないため、起業を支援してくれるマーケットが続いていると思います。だからこそ、一部のスタートアップだけが成功するのではなく、温かい支援を受けて成功した事例が多く生み出されるべきです。そうでなければ、起業は怖いというイメージだけが先行してチャレンジする人が増えず、大企業がスタートアップのプロダクトを使う気運も生まれないのではないでしょうか」(グライムス)

Yuimediが提供する「Yuicleaner」は、初めてデータクレンジングを実施する人でも簡単に使用可能な、医療データに特化したノーコードのデータクレンジングソフトウェアだ。

3人の話を通して、スタートアップにとって創業資金はもちろん必要だが、同じくらい重要なものは、精神的なサポートも含めて起業家自身へ寄り添うことだとわかる。起業家と支援者が繋がり、対話することによってスタートアップは成長していくのだ。

スタートアップ市場はまだ小さいが、可能性に満ちる大阪

大阪という市場はGDPで東京の半分近くの規模があり学生数も多いが、関西でスタートアップ支援を続けている廣澤によると、スタートアップ市場はまだ小さいという。

「一から起業する人が少なく、出資者もまだまだ足りません。関西を拠点とするシードファンドが他にも出てきていますが、それでもまだ東京と比べると投資家と出会う機会は限られています。起業家も投資家も、そして起業家を支援する人も増やさないと、起業を目指す人は関西から東京や海外へ流れてしまいます」(廣澤)

こうした危機感を募らせるのは、大阪という地に魅力があると廣澤自身が感じているからだ。商売気が強いエリアであり、コミュニティの中に入れば誰もがフラットに会話ができ、経験豊富な経営者が起業家の支援をする。「だからこそ、事業さえ立ち上がればスタートアップは一気に盛り上がるはずです」と、廣澤はこれからの可能性を見据える。

THE SEEDでは起業家達が情報交換を行えるコミュニティをつくるために、さまざまなイベントや交流会を企画している。

関西出身のグライムスも、「大阪は“もうかりまっか精神”。商売に対して抵抗や恥ずかしさがなく、ダイレクトなコミュニケーションをする人が多いと感じます。家族経営などスモールビジネスも盛んなことをふまえると、起業に適したカルチャーはあるはずです。何か仕掛ければ、良質なスタートアップのエコシステムが作れるのではないでしょうか」と語る。

田中は、大阪の地理的な魅力に注目する。都市に必要とされるのは中心地だ。東京は丸の内、新宿、渋谷など中心地になりうるスポットが複数あり、かつ地理的にも分散している。対して、大阪は梅田を中心としている。わかりやすい中心地があること自体が強みであるし、人口も観光客も多く、空港もあるので海外との繋がりも作りやすい。

しかしながら田中は、「起業となると、東京に行く雰囲気がどうしてもあります。大阪は、起業家にとってロールモデル不足のエリアです。ビジネスの先輩は多くいるものの、若手起業家が目指せないと思ってしまうほどのベテラン経営者が多いのです」と廣澤同様に悩ましさを滲ませる。一方で、人口が多い利点を生かして、引力を強化できればイノベーションが盛んになる可能性は大いにある、と仕掛けの必要性を挙げた。

関西のイノベーション創出が一気に変わろうとしている

2024年に開業予定のグラングリーン大阪とJAM BASEについて、入居予定である田中は「大阪は混沌とした場所の魅力があります。整理された場所からイノベーションは生まれません。この混沌さを生かして、学生も起業家も企業も集まり、アンオフィシャルにも触れ合う場所を作れるのではないか」と展望を語る。

グラングリーン大阪内に開設予定の「JAM BASE」。産官学が集い、イノベーションの集積地となることを目指す。

さくらインターネットは、コロナ禍でオフィスを大幅縮小したが、田中は最近になり「場所がもたらす力」の大切さを改めて感じていたという。普段の働き方はリモートでも、オフィスに出社して他者と触れ合うことで、新しいアイデアが生まれたり、気持ちの面でパワーがもらえたりするものだ。

そのような折、グラングリーン大阪開発事業者からイノベーションを生み出す場所にしたいという構想を聞き、入居を決断した。

「当社が、グラングリーン大阪という“場”に貢献できることがあるのではないかと思ったのです。また、都市公園との一体開発であるため、中長期的にも価値が上がっていく場所であるので、そんな場所には初めから入居しておかねば、後からは入れないという思いもありました。梅田を中心とした関西のスタートアップシーンが盛り上がる中に身を置いていれば、当社の中長期的な成長にもつながるはずだと判断しました」(田中)

関西のスタートアップ市場の成長を願う廣澤も、大阪の中心地である梅田にイノベーション創出の拠点が生まれるという、起業家の環境が変わる取り組みに期待を膨らませる。

関西のイノベーション創出の潮目が変わる時が、いま、まさに訪れようとしている。

text by Takako Miyo| edited by Kana Homma