Session 対談・鼎談ていだん

2023.11.21

#04

「テクノロジー×音楽」が人々へもたらす価値とイノベーションの未来像

大阪最後の一等地「うめきた」で、2024年9月「グラングリーン大阪」が先行まちびらきを迎える。そこで大学の研究機関や、さまざまな規模の企業が入居し、イノベーションの集積地になることを目指しているのが「JAM BASE(ジャムベース)」だ。

昨今、産官学で注目されるテーマのひとつに、人々のウェルビーイングがある。さまざまなアプローチで取り組みが進んでいるが、音楽によるメディテーションやメンタルヘルスの効果はまだ発展途上だ。

そこで連載第4回は、ニューロテクノロジーを音楽に応用する研究開発スタートアップを創業し、自身も元々ミュージシャンであるVIE STYLE代表の今村泰彦と、鍵盤奏者として第一線で活躍しながら、音楽とテクノロジーを組み合わせた楽曲制作や子どもたちへの音楽教育など時代を切り拓く取り組みを行う江﨑文武が対談した。

  • 今村 泰彦(いまむら・やすひこ)

    VIE STYLE代表取締役。1975年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ワーナーミュージック・ジャパンにてオンライン音楽配信事業開発に11年間従事。マーベラスAQL(東証一部)にて、執行役員新規事業開発部長に就任。2013年よりEvernoteに参加、パートナーシップマネジャーに従事したのち、VIE STYLEを設立。

  • 江﨑 文武(えざき・あやたけ)

    音楽家。1992年、福岡市生まれ。4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学音楽学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。WONK、millennium paradeでキーボードを務めるほか、King Gnu、Vaundy、米津玄師等、数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュースで参加。映画『ホムンクルス』(2021)をはじめ劇伴音楽も手掛けるほか、音楽レーベルの主宰、芸術教育への参加など、様々な領域を自由に横断しながら活動を続ける。

子どもたちに、能動的に音に触れる楽しさを感じてほしい

── 江﨑さんは、音楽にテクノロジーを取り入れ、子どもたちの音楽教育に携わっています。その活動内容や思いについてお聞かせいただけますか。

音楽家 江﨑文武

江﨑文武(以下、江﨑)タブレットで動くソフトウェアを使って、子どもたちに音楽に触れてもらっています。具体的な取り組みとしては、周りで気になる面白い音を見つけてきて、それを加工して遊んだり曲のようにしたりするワークショップなどです。
子どもを対象にした活動をする理由は、学校の音楽教育への問題意識です。絵画や書道は自分なりの表現ができるのに、音楽の授業では楽譜通りに演奏することが求められますよね。
公教育における音楽教育のルーツをたどると、明治時代に富国強兵のために軍楽隊が必要だと考えた日本が、西洋音楽を義務教育に取り入れる際にピアノと歌を用いることにしたのが始まりです。そうすると、必然的に楽譜と楽器の勉強が必要になります。以来100年以上、日本の音楽教育は変わっていません。この公教育のあり方を変えてきたいと思い、子どもたちを対象とした活動をしています。
本来、音で自分を表現するのは、人間の根源的な欲求だと思っています。怒ったら大声を出したり机を叩いたりしますよね。そして、こうした「音」表現を「音楽」表現にしていくことに、人間の理性的な営みの面白さがあると思っています。
それに、音楽表現は楽譜が読めて楽器を弾けなければできませんでしたが、いまはパソコンがあれば楽譜や楽器が扱えなくても、特別な技術がなくても音楽が作れるようになり、テクノロジーによってその壁を越えられる時代になりました。
子どもたちには、音楽の「型」を習得できずに挫折してしまうのではなく、能動的に音で表現することの楽しさを感じてほしいと思っています。

「音楽×ニューロテクノロジー」で癒しの効果を生み出す

──次に、今村さんが創業したVIE STYLE様の事業内容をご紹介いただけますか。

今村泰彦(以下、今村)ニューロテクノロジーと音楽を組み合わせた研究開発スタートアップです。耳から脳波を測れるイヤホン「VIE DEVICE」を介して脳波情報を集め、それを元に音楽を作る技術も開発しました。
このビジネスを立ち上げたきっかけは、自分自身の経験です。私も幼少期から音楽に携わってきて、音楽とは感性から身体までを統合していく営みだと感じていました。楽器を弾くためには身体を微細に動かし、その音を耳に入れ、脳で解析して自分の思うような音が奏でられているかを判断し、また身体を調整します。音楽は脳へ大きな影響を与えることを、体験を通して知っていたわけです。

VIE STYLE代表取締役 今村泰彦

そこで、テクノロジーを使えば、生体情報をもとに一人ひとりに合ったオーダーメイドの音楽が作れるのではないかと考えました。音楽を脳科学の観点から研究をしている慶應義塾大学の藤井進也准教授に、当社に参画にいただき研究を進めビジネス化に至りました。

──音楽とニューロテクノロジーが融合すると、人に何がもたらされるのでしょうか。

今村人の発達や、癒しの効果があると考えています。端的にいうと、「薬」のような効果があるのではないかと。現代は精神に不調を抱えた人が増えていることもあり、製薬会社もこの研究に興味を示しているんです。
精神不調は、脳の情報処理エラーと言われています。投薬などの治療でそのエラーをチューニングするわけですが、効果が一時的なものであったり、脳のニューロン活動自体が変わらないことも多々あると言われます。
そこで五感を用いて、音楽で継続的に心地よい刺激を入れて脳を調整できるのではないかと考えています。気分を盛り上げたい時に、テンポの速い曲を聞くことがありますよね。テクノロジーを活用しながら音楽というアートを薬にし、人が本来もつ活力や能力を取り戻すことを実現したいと思っています。

アートとサイエンスによる、最適な音環境がある街づくり

──VIE STYLEはグラングリーン大阪の中核施設であるJAM BASEに入居される予定です。その理由や背景について教えていただけますでしょうか。

今村大阪には研究をご一緒している製薬企業が多くあり、当社の取締役である成瀬が室長を務めるNICT(情報通信研究機構)脳情報通信融合研究センター脳機能解析研究室や大阪大学では脳科学の研究が盛んです。
そこで僕たちも大阪に拠点を構え、音の観点でウェルビーイングな環境づくりを研究レベルから産官学で一緒に取り組みたいと考え、入居を決めました。
いま、都市部を中心に都市開発が盛んになっていますよね。植樹など視覚的なウェルビーイングは配慮されている一方、音環境はないがしろにされていると思うんです。

江﨑僕も、音に気を配っている都市開発はほとんどないと感じます。1970年代にはサウンドスケープという概念のもとで都市と音の関係性が考えられ、街にある音が整えられましたが、いつの間にか都市開発において音への気配りは抜け落ちていきました。

今村脳科学の観点では、脳に与える影響は音よりも視覚情報が圧倒的に高くなります。しかしながら、視覚情報を遮断したいなら目を閉じられますが、音を聞きたくなくても耳は閉じられません。この怖さは、僕たちがきちんと向き合わなければならないと思うんです。
地下鉄の騒音も大きく、ノイズキャンセリングのイヤホンも普及しているものの、鼓膜は一度傷つくと再生しないことも認識しておく必要があるでしょう。
僕たちがJAM BASEでご一緒する皆さんとチャレンジしたいのは、サイエンスとアートの融合です。ビジネス化するにしても、サイエンスでわからないことは実現できませんから、研究は重要です。一方で伝統的に人々が精神的な支えとし、感情表現にも用いられてきたアートや宗教などは精神疾患や癒しになるのではないかと思っています。
街を歩いていて、その時の自分の感情や体調にマッチしたBGMが流れてきたらいいですよね。景観だけでなく音環境も最適化して、脳に良い影響を与える街が誕生することを願っています。

人々がこれからも感性を失わないために

──お二人に伺います。今後、音楽とテクノロジーの融合によって人々はどのような体験を得られるとお考えでしょうか。

今村その人にとって最適な音が奏でられれば感性によい影響を与えますし、神経が研ぎ澄まされます。そうなると、食事もよりおいしく感じられるようになるはずです。
逆に、不快な音を聞けば聞くほど、人は無意識に遮断しようとして中枢神経が鈍ります。それが続けば、音楽や言語の感性が失われてしまう危険さえあると思うのです。

江﨑音は、子どもの発達に大きな影響を与えます。大学院で言語習得の研究をしていた際、幼稚園の壁材が音を反射しやすいと、子どもの発音能力の発達が遅れる可能性を指摘していた研究もありました。

今村人間は感覚の動物。認知する前に何かを感じているんです。脳波を測ると、感覚が反応した後に認知が反応することがわかります。音楽の好みも感覚によるもので、ロジックは関係ありません。音環境がよくないところで育つと、楽しい、美しいといった感情が湧きにくくなってしまうと思うんです。未来の子どもたちのためにも、美しい空間を僕たちが生み出していきたいですね。

江崎そうですね。僕は、公的な学びの場での音楽教育が変わっていくことを引き続き目指します。従来型の音楽教育はテクノロジーによって変化するでしょうし、AIが発達すれば作曲や選曲への労力も減ると思います。
その分、もっと自由に音楽を学んで表現することにテクノロジーを生かしていきたいと思っています。音楽大学などで専門教育を受けなければ音楽表現はできないという思い込みがあるかもしれませんが、そんなことはありません。気軽にノートなどに絵を描くように、誰でも音楽に触れられる環境がテクノロジーによって整っているので、より多くの人が音を楽しめるようになってほしいと思っています。
長い道のりですが、いまやっているワークショップを皮切りに私立の学校を経て、最終的には公教育が変わっていくことが目標です。音楽教育に携わる方々と一緒に活動の輪を広げ、音楽教育のあり方を変えていきたいと思います。

テクノロジーと音楽が組み合わさることで、人間に何がもたらされ、ビジネスやメンタルヘルスにどのように影響を与えていくことができるのか。大阪から生まれる新たなイノベーションに期待したい。

text by Takako Miyo | photographs by Ryo Kosui | edited by Kana Homma