Session 対談・鼎談
2023.11.30
#05
「VS.」が挑む、世界に開かれた
新たな文化装置のあり方
大阪最後の一等地「うめきた」で、2024年9月「グラングリーン大阪」が先行まちびらきを迎える。そこで大学の研究機関や、さまざまな規模の企業が入居し、イノベーションの集積地になることを目指しているのが「JAM BASE(ジャムベース)」だ。
2024年9月、そんなJAM BASEの主要施設としてうめきた公園内に“新たな文化装置”「VS.(ヴイエス)」が開業する。この施設は、設計・監理を日建設計、設計監修を安藤忠雄建築研究所が担当。緑あふれる公園空間のなかに配置されたキューブ型の建屋で、地下空間も合わせて合計で約1,400㎡もの多様な展示空間を有している。カフェやホワイエも備えており、多種多様な展示はもちろん、来場者とのコミュニティ機能も果たせる場となる予定だ。
連載第5回となる本稿では、同施設のコンセプトや果たすべき役割について、中心的役割を果たした3人に話を聞いた。
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野村卓也(のむら・たくや)
野村卓也事務所 代表取締役社長。うめきた・グランフロント大阪「ナレッジキャピタル」総合プロデューサー。広告代理店を経て、1992年に株式会社スーパーステーション設立。同社社長として2009年より「ナレッジキャピタル」のコンセプト立案や事業戦略を担当。内閣府科学技術・イノベーション推進事務局スタートアップアドバイザーや大阪芸術大学、梅花女子大学などで客員教授も務める。
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矢部大智(やべ・だいち)
トータルメディア開発研究所 PPP事業本部 共創事業開発部・部長。1975年、長崎県生まれ。2001年九州大学人間環境学府空間システム専攻修了後、同社入社。プロジェクトマネージャーとして、美術館、博物館、水族館、動物園、空港、民間企業ミュージアムなど、幅広いジャンルの文化施設整備に携わる。
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真鍋大度(まなべ・だいと)
ライゾマティクス代表、メディアアーティスト、DJ、プログラマ。株式会社アブストラクトエンジン取締役。2006年にRhizomatiksを設立。プログラミングによる多様な表現を模索し、有名音楽アーティストの演出や16年リオ五輪のAR映像ディレクションのほか、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授も務める。
もともとVS.は「(仮称)ネクストイノベーションミュージアム」として計画が進められてきた。同施設の運営者として、グランフロント大阪の中核施設「ナレッジキャピタル」で総合プロデューサーを務める野村卓也事務所・代表取締役社長の野村卓也と、ニフレルや大阪歴史博物館といった文化施設のプロデュースを手がけるトータルメディア開発研究所・部長の矢部大智、そして、ライゾマティクス代表でメディアアーティストとして同施設のコンセプトメイキングから携わる真鍋大度という、三者が一堂に会した。
野村は「うめきたプロジェクト」の2期区域開発の中核拠点となる「ネクストイノベーションミュージアム」(現VS.)の企画を手がけてきた。2018年の事業検討の段階で、トータルメディア開発研究所が参画し、先行事例や視察調査、200人近い有識者へのヒアリングなど実施。当初、トータルメディア開発研究所は受注事業として関わっていたが、2021年に自社事業として参画する話が持ち上がったことで、野村卓也事務所と共に自社運営へと舵を切った。矢部は「多くの文化施設の自主独立が難しいなか、日本において文化の価値を高めるためには文化施設そのものが自主運営すべきという使命感があった」と話す。
野村卓也事務所・代表取締役社長の野村卓也
また、野村は「うめきたプロジェクト」第1期として、2009年より自身が総合プロデューサーを務めるナレッジキャピタルの機能実証のためのトライアルイベントを開催。その際、ナレッジキャピタルのコンセプトである「感性と技術の融合による新たな価値の創造」を象徴的に行っているアーティストとして真鍋を招聘。この縁から両者の関係が深まっていき、VS.のコンセプトメイキングへとつながった。
お互いの差異があることを前提とした共創を
VS.とは「ビジョンを実現するステーション、スタジオ、ステージ、ソサイエティ」と表現される。その意味について、野村は次のように説明する。
「最初の議論の際に、真鍋さんから“ニューエクスペリエンス(新しい体験)”という言葉をもらいました。まだ見たことがない、あるいは何に使うかもわからないテクノロジーや具体化していないアイディアが、VS.を通すことによって、アートやファッション、エンターテイメント、あるいはビジネスといったさまざまな形で社会実装されていく。そんな新しい経験をしてほしいという考えがコンセプトになりました。
また、VS.(バーサス/対決)という言葉は、一般的に対立構造を意味します。いま、世の中全体で共感や共創が非常に重視されています。もちろん重要なことですが、少し共感過剰な社会になっているようにも感じています。共感だけで社会構造ができあがることで外部とのコミュニケーションが取りにくくなったり、見せかけの共感で真の相互理解が得られなくなってしまっていたりする部分もあるのではないか、と。なので、まずは自分たちの考えや立ち位置を明確にし、お互いに差異があることを前提とした上での共感や共創が重要だという考えから、“対決”という意味も残しています」(野村)
さらに、開発前のうめきた地域はもともとJRの貨物駅であり、多種多様な荷物がこの地を経由して送り出されてきた文字通りの「ステーション」だった。かつて駅だった場所を「ビジョンを実現するステーション」とする名づけはあくまで後づけだとしながらも、同地の歴史的経緯も踏まえたものとなっている。
こうしたVS.のコンセプトを端的に表現しているのが、“新たな文化装置”という言葉だ。あえて“施設”ではなく“装置”と表現したのは、ただVS.内で展示やイベントを体験して完結してほしくない、という想いがある。
「野村さんから、イノベーションを考える上では文化的で基本的なこと、それは遊びや学び、食や芸術、あるいは健康といった人間の“普遍的な基盤”を考える必要があるといったアイデアもいただきました。最終的には、VS.を訪れた人たちが次の日から絵を描いてみたり、興味があることを調べてみたりと『何かをやってみよう』といった創造的な衝動を引き起こせる体験を提供できたら、と考えています」(矢部)
トータルメディア開発研究所・部長の矢部大智
真鍋も“施設ではなく装置”という考え方に理解を示し、「こうした大型の箱物施設が単なるイベントスペースや貸館とならないためには、強い意志を持って新しいことをやり続けなくてはいけない」と念を押す。加えて、新しいモノというのはリサーチや研究開発のアウトプットでもあり、そのためにはコンテンツとR&Dの両輪でやっていく仕掛けが必要と強調。VS.がその役割を果たすことへの期待を見せた。
アートが未来を考える「社会実験装置」になる
2023年11月、VS.はオープニングプレイベントとして、グランフロント大阪のナレッジシアターにて『真鍋大度 Audiovisual Performance』を開催。このパフォーマンスは、ダンスのモーションやムーブメントに最新アルゴリズムや画像解析、流体シミュレーションなどを交えることで、新たな映像表現を追求した作品だ。一般公開に加えて、「うめきたプロジェクト」に参画する行政や企業らステークホルダーを招いてのプレビューも行われた。そこでは、普段アートに接する機会が少ない人からの新鮮な反応が得られたという。
「プレビュー公演では、普段真鍋さんの作品に接していない人たちが熱心にパフォーマンスを見て、その後に開かれたレセプションでもフィードバックや議論が盛んにかわされていました。これこそVS.が目指すコンセプトにふさわしい光景でした」(野村)
「日本ではアートは主にマーケットドリブンなものとなっていますが、アートには元来、作品を通じて、鑑賞者に未来を予見してもらう社会実験装置といった役割があります。わかりやすい例でいえば、僕たちは3〜4年前から生成AIを作品に取り入れていて、新しいテクノロジーが社会に与えるインパクトを提示していました。
もちろん一般の人が見て未来を想像することも必要です。それと同時に、今回のプレビューのように研究者や行政のポリシーメーカーの方に鑑賞してもらうことは、未来で必要となりうる法整備や社会制度について考えてもらう機会にもなるんです」(真鍋)
ライゾマティクス代表でメディアアーティストとしてVS.のコンセプトメイキングから携わる真鍋大度
2018年、真鍋らライゾマティクスはサンフランシスコの「Gray Area」で『discrete figures』の公演を行った。「Gray Area」はアーティストや研究者、技術者が集まる場所として知られ、真鍋もここでMidjourney創業者のデビッド・ホルツやOpenAIのメンバーと知り合い、いまでも交流を続けている。そして、「Gray Area」には行政や政治関係者も足繁く訪れ、アーティストとの議論を交わす風景も珍しくないという。
VS.の機能は展示やイベントにとどまらず、訪れた人々の行動変容に加えて、研究者やビジネスマン、またポリシーメーカーらが未来を想像し、新しい文化の社会実装を模索する場となることだ。
魅力的な人が、さらなる人を呼ぶ
大阪や関西は、文化的な歴史やリソースに溢れている。VS.が日本でも乗降数4位となるJR大阪駅に隣接する立地であることは、イノベーションの場としても優位といえるだろう。さらに、ターミナル駅に面しながら緑地豊かな公園内での広大な展示空間というのは、世界的に見ても珍しい。
真鍋に同地の魅力を尋ねると、関西圏には大阪大学や京都大学、また国際電気通信基礎技術研究所(ATR)など、公民問わず豊富な研究リソースやマーケットが存在する利点を挙げ、そのうえで「時代とともに土地の独自性自体は少なくなっている」と答えた。
「いまの時代、世界中で制作活動が行えるように、土地の独自性自体は少なくなっているように思えます。もちろん土地に根付いた伝統や文化もありますが、むしろ大阪はそういった制約がなくなり、世界中から面白いアーティストや研究者が集まって、新しい表現を目指す場所になるんじゃないでしょうか」(真鍋)
野村と矢部も三者三様に「具体美術」や「茶の湯」などを挙げながら、同地は新しいものを作る機運に満ちていると評する。
「関西には文化的な背景がいろいろあるけれど、過去にとらわれる必要はありません。結局は参加する“人”の問題で、良い場所をつくってそこに人が集まってくることが重要なんです。人が集まることによって、新しいモノが生まれてくる。大阪の特徴として人と人との距離が近いということもあるので、世界に開かれた街としてVS.が果たす役割も大きいでしょう」(野村)
「私たちは民間でもあるので、収益を上げる必要があります。それは単に施設利用の対価だけでなく、VS.が起点となって人と人をつなげてネットワークを組成することで、ビジネスとしての価値も生まれうると考えています。また、この場所を使って実験的なプロジェクトを行うことも可能です。
VS.には展示だけでなく、多種多様な活動や人との繋がり、そしてチャレンジがある。そんなふうにいろいろな物事を起こしていけるというのは、“文化装置”ならではだと思います」(矢部)
研究リソースやネットワーク、マーケットに加えて、文化的土壌や歴史、人々のコミュニケーション、アート表現に代表されるイマジネーション──VS.やJAM BASEにはイノベーションにとって重要な要素が余すところなく集積される。イノベーションを起こしながら、訪れた人が創造性を突き動かされ、その担い手ともなれる場所。VS.という場が“開かれる”のはもうすぐだ。
text by Michi Sugawara | photographs by Makoto Koike | edited by Miki Chigira