Session 対談・鼎談
2024.4.25
#07
大阪を最新ヘルステック発信の地へ!
すべての人に健康を届けるための
“行動変容”論
大阪最後の一等地「うめきた」で、2024年9月「グラングリーン大阪」が先行まちびらきを迎える。そこで大学の研究機関や、さまざまな規模の企業が入居し、イノベーションの集積地になることを目指しているのが「JAM BASE(ジャムベース)」だ。その施設内に2025年開業を予定しているのが「SLOW AND STEADY™(スローアンドステディ)」だ。個人の健康データ利活用を通じた健康経営の支援を目指す場として、出店企業のヘルステックサービスや計測機器・サプリなどの展示、周辺施設や大学などの専門機関と連携したウェルビーイングサービスを促進していく。
連載第7回は、「SLOW AND STEADY™」を運営するスマートバリュー執行役の上野真と、腸内細菌にまつわる研究・ヘルステック開発・販売を行うAuB (オーブ)代表取締役、元サッカー日本代表でもある鈴木啓太が、ヘルスケア市場の最新事情や今後の課題について語り合う。
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上野真(うえの・まこと)
株式会社スマートバリュー デジタルガバメント事業部門 執行役。1981年、長崎県生まれ。05年スマートバリューに入社、モビリティIoT事業の立ち上げなど新規事業開発に注力。2021年から行政DXやスマートシティなどを推進するデジタルガバメント事業部門の責任者に就任。デジタルを駆使したまちづくりへ挑戦。
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鈴木啓太(すずき・けいた)
AuB株式会社 代表取締役。1981年、静岡県生まれ。幼少期よりサッカーをはじめ、高校卒業後サッカー選手として浦和レッズに所属しプロ初出場を果たす。06年サッカー日本代表に招集され、翌年には日本年間最優秀選手賞を受賞。15年のプロ引退後、AuBを設立し現在に至る。
右肩上がりのヘルスケア市場だが、大きな課題も
スマートバリュー執行役 上野真
――2025年開業予定の「SLOW AND STEADY™」はどのような施設なのでしょうか。スマートバリューが運営を務め、開業する意義を教えてください。
上野真(以下、上野)「SLOW AND STEADY™」が目指すのは、スペースシェアリングやプロモーション代行を通じた健康経営の支援です。働く人たちの健康上のデータ「Personal Health Record(パーソナルヘルスレコード、以下PHR)」の活用を通じて、社会全体のウェルビーイングや生産性の向上につなげていきたい。そのために、最新のヘルステックサービスや計測機器・サプリメーカーなど企業の皆様に出展を検討していただき、人々が集まる場を活用して、製品展示や発信などを進めていきたいと思っています。
隣接するビルにはスポーツジムを併設したスパもあるので、そうした施設との連携や、大学など研究機関との協業も進めていく予定です。
鈴木啓太(以下、鈴木)面白そうですね。
上野運営を手掛ける我々スマートバリューは、設立95年の老舗企業です。事業ドメインを変えながら成長を続け、現在は自治体向けのクラウドソリューション事業やモビリティ向けのIoTサービスのほか、スマートシティやスマートアリーナ事業に取り組んでいます。まちのデータを活用したよりよいまちづくり、ウェルビーイングの促進に4~5年前から取り組んでおり、「SLOW AND STEADY™」運営もその流れの一環です。ここに来れば、最新のヘルスケアサービスを体験でき、自分に合った健康への向き合い方を見つけていける。主にビジネスパーソンをターゲットにした、健康促進の場をつくっていきたいと考えています。
――鈴木さんは、プロサッカー選手を引退後、アスリートの腸内環境に着目し、腸内細菌にまつわる研究、フードテックや検査サービス事業の開発や販売を行うAuBを創業しています。なぜ腸内細菌に着目されたのでしょう。
鈴木子どもの頃から母に「人間は腸が一番大事」と言われて育ってきました。母なりに、自分が与えた食事が子どもの身体にどう影響しているのかを知っておきたかったのでしょう。僕も、現役時代からサッカー選手として健康について深く考えるなかで、腸内細菌のデータは間違いなく大事なものだと確信を得ていました。技術革新によってデータ収集・分析が可能になりましたから、なかでもアスリートのデータは、“健康意識の高い属性のデータ”の一つとして面白そうだなと考え、現役引退後、本格的に取り組むことにしたのです。
AuB 代表取締役 鈴木啓太
――ヘルスケア市場は右肩上がりの成長を続けています。実際に事業に取り組む中で、需要の高まりを感じていますか?
上野鈴木さんがおっしゃったように、最新のテクノロジーによって今まで難しかったデータ収集のハードルが下がり、健康意識が高い人はさまざまなサービスにリーチできるようになっています。その点で、技術の進化が需要を引き出しているとはいえるかもしれません。
鈴木我々が手掛けるサプリメント領域の売り上げを見ると、ここ数年で着実に伸びています。数字の上昇は健康需要の高まりのひとつの表れだとは思う一方で、積極的にヘルステックに投資しているのは一部の層に限られているのではないかとも思うので、まだまだ課題もありますね。
上野健康を扱う事業が難しいのは、もともと健康意識が高い人とそうではない人がはっきりと分かれていることだなと感じています。
健康意識が高ければ、個人でジムに行ったり日々の食事にお金をかけたりしているけれど、そこに価値を置いていない方は、お金をかけるという発想がありません。後者に対して、いかにきっかけを提供できるかが、今回の事業を進めるにあたってのテーマです。
鈴木わかります。ヘルスケアに取り組もうと思うと、お金がかかるのが現状です。ただ、自分の健康のことなのだからある程度の投資は大事だと思いますし、関心のない人にどうやったらこの価値を感じてもらえるのかを考えていきたいです。
上野PHR(個人の健康データ)を活用して行動変容を促そうという概念自体はすでにあったものですが、事業として持続可能なビジネスモデルが成り立っているケースは実はほとんどないのが現状です。個人が健康になれば、周りの人間にもいい影響を与えるし、企業視点でいえば従業員のパフォーマンスが上がり、休職などのリスクも減っていく。そうしたモデルをもっと広げるべく、「SLOW AND STEADY™」を発信の場にしていくことは、大きなチャレンジだと思っています。
健康への投資はどんな人にも大きなリターンをもたらす
――ヘルスケアに関心がない人や、健康管理を後回しにしがちな人に向けて、どんな取り組みが必要だと考えていますか?
鈴木健康になって毎日のパフォーマンスが上がったと実感を得られたり、運動したら気持ちいいなと喜びを感じられたり、そうしたポジティブな体感や体験をどれだけ提供できるかが大事だと思うんです。
エナジードリンクの売り上げが好調なのは、気分がシャキッとして得られる体感が分かりやすいからでしょう。腸内環境を研究している僕としては、健康への影響が心配になるんですが……(笑)。でも「ほしいものを得る」という目的につながっているから、人々は商品に手を伸ばすのでしょう。そうした観点から、健康の先にある目的をどう見せられるかが大事でしょうね。
上野さんの話を聞いていると、“集える場所”や、コミュニティ、プラットフォームがあることの大切さにすごく共感します。オンライン上で行えることも多くあるけれど、オフラインで感情を分かち合える場があることで、行動変容につながっていくかもしれません。健康データの活用をコミュニティを使って発展させていくことについては、AuBとしても考えているテーマのひとつです。
上野そうですね。今はまだ、よほどの健康マニアじゃないと、最新のヘルスケアサービスにたどり着けなかったりする。もっと気軽にアクセスできる場を作ることが、僕らが目指していることです。例えば「SLOW AND STEADY™」の場を活用した取り組みとして、人と人の出会いのきっかけになるイベントを定期的に開催したり、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)を使って体を動かすゲームイベントをやったり、健康意識がそこまで高くない層にも集まってもらえるような催しを企画して、コミュニティ運営していきたいと計画しています。
鈴木いいですね。健康活動に前向きな人と健康に無関心な人、どちらの人と出会いたいか。例えば、企業が採用するとしたら、健康に気を使っている人とそうではない人のどちらを選ぶか、答えは明確ですよね。相手の健康データまで踏み込むのはセンシティブな問題になるけれど、“出会い”という観点は面白いと思います。
AuBは「すべての人を、ベストコンディションに。」というミッションのもと事業を進めているので、従業員の健康意識は比較的高い。定期的に便の検査をしたり、ランニングイベントに一部メンバーで参加したり、数名で集まって発酵食品作ったり、社内コミュニティという点ではいろんな活動がある。それをもっと広く、“健康コミュニティ”づくりにつなげていけるかもしれないなと、上野さんの話にヒントを得た気がします。
上野ある協業先の企業では、社内で健康SNSを独自に作り、効果が出た取り組みを自慢してもらう場にしているそうです。「これなら自分もできるかも!」と、気軽に試すきっかけになりそうでいいなと思いました。
個人の価値観やライフスタイルは多様になっていますから、刺さるポイント、気になるポイントも人それぞれ。とりあえず手の出しやすいところから取り掛かれるように、いろんなバリエーションのヘルステックに触れられる場所があるのは貴重だと感じています。
鈴木手軽さってすごく大事ですよね。サッカー選手時代に、毎朝尿を測って水分量が足りているかをチェックする習慣がありました。脱水状態になるとパフォーマンスが明らかに下がるので、チームで選手の状況を把握するために、水分が足りていない選手にはチェックが付くことになっていたんです。そうすると自ずと水をちょこちょこと飲むようになっていって、「次はチェックが付かないように」と行動が変わっていく。自分の状態を知りながら、改善のためのアクションを自然にできることが重要なんですよね。
健康維持に時間やコストを投資すれば、圧倒的にパフォーマンスが変わります。アスリートは特にそれをはっきり自覚するシーンが多いので、長く活躍し続けるために自分への投資は惜しまない。でも、これってビジネスパーソンも同じだと思うんです。自分が自分の人生の責任を負う主体であるということは、アスリートもそうじゃない人も同じ。その責任をしっかり果たすために健康へ投資することは、結果的に大きなリターンをもたらすと僕は考えています。
――「SLOW AND STEADY™」の本格稼働に向けて、スマートバリューとAuBのコラボレーションの可能性や今後の展望などをお聞かせください。
上野AuBさんは、トイレに行く、用を足す、という誰もが必ずとる行動から、腸内細菌データを収集・分析しています。わざわざとる行動ではない、というところがいいんですよね。例えば、オフィスのトイレでも、AuBさんの技術やサービスを使って、「自分の健康状態を知る」ためのデータを取れたらいいのではないかと鈴木さんとも話しています。
鈴木そうなんです。まさに自然に手軽に行動変容を促す施策になるでしょうね。
上野トイレから出ると「今日の便の状態はいまいち。お昼にはこんなものを食べましょう」といったメッセージがユーザーのスマホに届いたりしたらいいですよね。
鈴木さらに、社食のメニューとアドバイス内容が連動したら面白いと思います。施設やオフィスなどの場に、ソフトとしてサービスを入れていければいいなと僕も考えています。
トイレに行くとか、歯を磨くとか、お風呂に入るといった生活動線の上にいかに個人の健康データを連動させていくかが、健康意識が高くない人へのアプローチの鍵になるでしょう。
上野ちなみに、産学連携では大学の研究機関と、将来の生活習慣病の発症リスクを、健康診断の結果から予測するといった仕組みを作れないかと連携を進めています。AuBさんは研究チームを持っていますから、アカデミアと一緒にコラボレーションする機会も、ここから広げていくこともできる。いろんな展開の可能性を感じています。
鈴木うめきたの地が、健康データを集める中心地になっていくかもしれませんね。少子高齢化の課題先進国の日本の取り組みやデータは、これから高度経済成長を迎える国から見ても、いずれくる未来のロールモデルになります。世界に発信できるソリューション提供もできるのではないかと期待しています。
text by Rumi Tanaka | photographs by Yutaro Yamaguchi | edited by Mao Takeda