Session 対談・鼎談ていだん

2024.5.29

#08

いまの日本社会に必要なのは
「あそび」である──
教育とあそびによって育まれるものとは

大阪最後の一等地「うめきた」で、2024年9月「グラングリーン大阪」が先行まちびらきを迎える。そこで大学の研究機関や、さまざまな規模の企業が入居し、イノベーションの集積地になることを目指しているのが「JAM BASE(ジャムベース)」だ。

グラングリーン大阪には、うめきた公園と呼ばれる都市公園もできる予定だ。公園内には、大人から子どもまで幅広い年齢層が「あそび」と「学び」を体験するエデュテインメントキューブなど、イノベーティブな施設が誕生する。

連載第8回は、子どもの健やかな成長や、大人のイノベーションにとって必要とされる「あそび」とは何か、どのような効果があるのかについて迫る。登場いただいたのは、ボーネルンド取締役社長 中西みのりと無駄づくり発明家 藤原麻里菜の2人だ。

  • 中西 みのり(なかにし・みのり)

    ボーネルンド 取締役社長。1974年、東京生まれ。1992年から5年間、ロンドンの大学でマーケティング、インテリア・建築デザインを学び、ボーネルンドに入社。バイヤーや新規事業担当として世界中の作り手やあそび場を訪問し、あそびと子どもの発達に関する研究、事業開発、店舗およびあそび場の企画開発を行う。2017年からは同社の取締役副社長として、企画統括を担当。2023年4月に取締役社長に就任。1児の母。

  • 藤原 麻里菜(ふじわら・まりな)

    コンテンツクリエイター、文筆家、無駄 代表取締役。1993年、神奈川県生まれ。頭の中に浮かんだ不必要な物を何とか作り上げる「無駄づくり」を主な活動とし、YouTubeを中心にコンテンツを広げている。2013年からYouTubeチャンネル「無駄づくり」を開始。現在に至るまで200個以上の不必要なものを作る。2018年、国外での初個展「無用發明展- 無中生有的沒有用部屋in台北」を開催。25000人以上の来場者を記録した。「総務省 異能vation 破壊的な挑戦者部門 2019年度」採択。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2021に選出。青年版国民栄誉賞TOYP会頭特別賞受賞。

「あそび」によって生きる力が育まれる

『あそぶことは生きること』をキャッチフレーズに教育玩具・遊具などの輸入、開発、販売とあそび場づくりを行い、グラングリーン大阪にも出店予定であるボーネルンド取締役社長 中西みのりと、これまでつくり上げた「無駄なもの」は200 個以上、YouTube チャンネル登録者数 10.8 万人を誇り数々の企業とのコラボを実現しているに無駄づくり発明家 藤原麻里菜。「教育」と「あそび」の知見が豊富な二人が語り合った。

――ボーネルンドのあそび道具は、実際にあそぶ子どもたちだけでなく、保護者からも好評です。「あそび」を通して子どもの健やかな成長をサポートするため、意識していることはありますか。

ボーネルンド取締役社長 中西みのり

中西みのり(以下、中西)あそびは子どもの活動そのものであり、自ら動いて、何かを知っていくことです。赤ちゃんはいろいろなものを触ったり舐めたりして、それを知ろうとしますよね。これは誰かに強制されたものではない、本能的な行動です。
そのプロセスが楽しいほど、人は向上心が育まれ、「生きる力」が身についていくのではないでしょうか。大人になったときに、自分で考えて行動し、困難にぶつかっても乗り越える力をつけられるのです。これこそが学びであり、ボーネルンドの教育観でもあります。
ボーネルンドのあそび道具は、子どもの発達段階に合わせ、さまざまなあそびのカテゴリーを取り揃えています。子どもにも趣味嗜好はあり、積み木が好きな子もいれば、砂遊びを好む子もいるので、自分であそびを選べるようにしているんです。
そして、当社の店舗では、インストラクターやプレイリーダーと呼ばれるスタッフと一緒にあそび道具を体験いただいて、そのお子さまに合ったものをご提供しています。

藤原麻里菜(以下、藤原)ボーネルンドさんの商品は、大人と子どもが一緒にあそぶものが多いように感じます。道具があると、大人も子どもも楽しめますし、道具を触ったりくっつけたりすることで新しい発見が生まれやすくなると思います。

中西あそぶときは、大人のいざないが大切です。大人と一緒にあそんだり、大人がそばで見守ったりしていることで、子どもはモチベーションを育みます。
また、大人から子どもへヒントを与えると、藤原さんが言うようにあそびの発想が広がりますし、新しいことにチャレンジするようにもなります。それに何より、褒められると純粋に嬉しいですよね。
この体験の積み重ねで、子どもは自信をつけ「次もやってみよう、がんばってみよう」と思えるのではないでしょうか。

何かに没頭する経験を通して、自分を理解できる

――ボーネルンドが知育玩具を多く輸入しているヨーロッパと比べて、日本のあそびや教育について違いを感じることはありますか。

中西学校の授業スタイルが異なると思います。ヨーロッパでは、グループで何かを学ぶ学習で、先生はファシリテーター役という位置付けであることが多いようです。また、2〜3学年の子どもたちが一緒に受講を受けたり、異民族で学んだりすることも珍しくありません。この自ら学ぶスタイルに当社も大いに共感して自発的にあそべる環境づくりを実現しています。
日本では、先生が子どもへ知識を教える一方通行の教育がまだ多いと思います。ただ、対話型学習が取り入れられるなど、最近になって変わりつつありますね。

――藤原さんは、これまでどのような教育を受けてきたのでしょうか。また、その経験から感じることがあればお聞かせください。

無駄 代表取締役 藤原麻里菜

藤原私が通っていた高校は、数多くの授業から自分の興味に合わせて選択できる単位制の学校でした。高校で必修にはなっていない、いわゆる「無駄」な内容も多くありましたね。
私にとっては、選べるという環境がとても良かったと思います。あそびも学びも強制されるものではないと思うんです。「school」の語源であるギリシャ語の「scholé」は、「余暇、ひま」という意味です。暇があるから勉強するはずなのに、現代は勉強があるから暇がなくなっていて、本末転倒だと感じています。

中西ボーネルンドがあそびのカテゴリーを用意しているのも、まさに同じ考えがあるからです。本来、好きなことは一人ひとり違うはず。好きなことであれば、その行動に意味があるかは関係なく、没頭するんですよね。没頭は、人の成長にとって重要なプロセスです。

藤原子どもの頃に夢中になっていたことの大半は、大人になって直接役立ちません。でも、そのとき没頭した経験は自分の血肉になっていて、ふと思い出してやってみると、ストレスが和らぐこともあると思うんです。
だから、子どもには好きなだけ集中させるのがいいと思います。私自身も好きなことばかりやってきたタイプで、音楽や写真を通して自己表現をしてきました。その経験で、自分は真正面からではなく、何かを介して面白いことをやるのが好きだと自己理解ができて、そこから「無駄づくり」を始めたんです。

中西無駄やあそびはネガティブに捉えられることが多いのですが、その言葉をあえて使って活動されていることに藤原さんのプライドを感じます。

藤原仕事は他の人にお願いできますが、無駄やあそびは、「私の代わりに1時間あそんでおいて」と誰かに頼めないものですし、時間を短縮して効率化することにも意味はありません。だからこそ、誰にとっても欠かせないものだと思います。
それに、世の中ではコスパやタイパという言葉が流行っていますが、効率化を進めるほど、もっと効率化しようとして、結果として時間がどんどんなくなっていく怖さがあると思うんです。効率化するなら、余白を作るためのものでありたいですよね。

中西藤原さんの余白を作る活動に、私も共感します。何か、一緒に新しいことができると面白そうですね。

「あそび」に結果を求めず、プロセスを大切に

――グラングリーン大阪に建設される、「あそび」と「学び」を体験できる施設「エデュテインメントキューブ」は、子どもに限らず幅広い世代を対象にしています。大人にとっての「あそび」にはどのような意味があるとお考えでしょうか。

中西あそびは子どもだけでなく、大人にも必要です。生活がちょっと豊かになったり楽しくなったり、余裕を持てたりするのがあそびだと思うからです。
エデュテインメントキューブに当社は出店を予定しており、自発的に体験するあそびを通して、何かを学んだり、体験を共有することでコミュニティが生まれたりするような、新しいタイプの学びの施設づくりを構想しています。年代を問わず多くの人にとって、学校や会社、家庭以外の自分らしく過ごせる新たな居場所になることを目指しています。

藤原そういう第3の居場所って、子どもたちとシニア層には多い一方、20〜60代の人たちは放っておかれているように思います。自分で見つけてくださいね、と。それに、大人になってから「あそび」のバリエーションが減ったことに最近気づいて、悲しくなったんです。
でも、私たちの世代はコロナ禍でつながりが薄くなっていて、仕事以外で出かける場所がない人も多くいます。その寂しさを感じたときに、ふと立ち寄れてあそべるスペースがあるのはいいですね。

中西大人のエンターテインメントは多くあるものの、受け身で楽しむものが多いので、能動的にあそべる機会は意外と少ないかもしれませんね。

藤原本来、あそびとは生産性がないものである、と最近読んだ本に書いてありました。たとえば工作も、ものを完成させることが目的ではなくて、手を動かすこと自体が楽しければそれでいいはずですよね。
大人はもちろん、子どもたちには、そういうプリミティブな体験をたくさんしてほしいと思います。おうちの人も、子どもがよくわからない工作をしても「それは何? いつ使うの?」などと聞かずに、手を動かして楽しかったことを評価してほしいと思うんです。

中西日本の教育が、結果を追い求める教育だったことも影響しているのかもしれません。でも、学校教育もようやく変わってきているので、もっとプロセスを大切にする方向に日本全体が変わっていくといいですね。
私は、かつて音楽活動をしていました。子ども時代は窮屈な思いをして育ちましたが、音楽はただ楽しくて、自尊心が保たれたように思います。すばらしい結果が残っていなくても、別にいいんですよ。大切なのは、結果よりも学んだプロセス。そして何より、「面白かった」という温かな記憶。あそびを通して自分で自分を認められることは、冒頭に話した「生きる力」に繋がると思います。

藤原私もそう思います。大切なのは、その場所に行ったら何かすごいものが生まれる、大きなことが得られると期待しすぎないことですね。体験したプロセスが身体に染み込んだ結果として、いつか新しい発想が生まれるかもしれないのですから。

あそび、学ぶことが新たな創造へとつなっがっていく──いま、思いもよらぬイノベーションが大阪から生まれようとしている。

text by Takako Miyo | photographs by Satoko Tsuyuki | edited by Kana Homma