まちの表情を彩り、居場所をつくるライティングデザイン

2024.08.29

テーマ:みどり×ライティングデザインの融合

都市照明の役割は、夜のまちが美しく映える景観をつくりだすだけではない。そこに住まう人々の安全性の確保をはじめ、さまざまな役割を担っている。みどり豊かな「うめきた公園」を有するグラングリーン大阪においては、人を照らす照明としてだけでなく、生物多様性の環境と共生する照明計画が考えられている。サスティナブルな照明計画とそのデザインについて、担当ライティングデザイナーと担当建築設備設計者に話を聞いた。

左から、佐々木楓子さん/有限会社内原智史デザイン事務所(チーフデザイナー)、迫田裕之さん/株式会社日建設計(エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ アソシエイト)

グラングリーン大阪のライティングデザインは、これまでHARUMI FLAGライティングデザインのマスタープランや東京国際空港羽田第2ターミナルなど、数多くの都市景観のライティングデザインを担ってきた「内原智史デザイン事務所」が手がけている。グラングリーン大阪という新しいまちのライティングデザインの指針をつくるにあたり、日建設計の迫田裕之さんは、同事務所と議論を交わしながらコンセプトを決めていったという。

「内原事務所と密なコミュニケーションをとり、GGNの鈴木マキエさんとも忌憚のない意見を交わし、心を合わせてライティングデザインに取り組むことができました」と迫田さん。

「まちのテーマである“みどりとイノベーションの融合”というキーワードを、どのようにしてライティングデザインのコンセプトに落とし込むのかというのをまずは議論しました。その話し合いの中で、イノベーションを興すうえで重要な要素の一つである、“多様性”という言葉に注目しました。通常の公共空間であれば、照明が担うべき一番の役割は視認性です。しかし、グラングリーン大阪にはさまざまな用途の建物があり、まちにはいろいろな表情があります。まさしく多様性を持つ空間です。その多様性をキーワードに照明計画の全体的なコンセプトとみどりを融合させていきました。」 多様性というキーワードを扱うに際して、念頭に置いたのが「バラバラにならないこと」だったと、内原智史デザイン事務所の佐々木楓子さんが続ける。 「多様性という言葉に捉われてしまうとデザインにバラバラ感がでてしまいます。グラングリーン大阪というまち全体が“みどりとイノベーションの融合”という大きなテーマの傘の下にあること常に意識し、環境や建築、ランドスケープや公園外周の照明に至るまで、開発エリア全体にデザインの一体感が出るように計画を進めました」 まちのテーマには“みどり”というもう一つの側面がある。これは、まちの最大の特徴である、「みどりの公園の中に新しいまちをつくる」というランドスケープデザインの要素だ。 佐々木さんは、そのリードデザインを手がけた米国のランドスケープアーキテクト・GGNとも何度も協議を重ねたと言う。

「公園や建造物、公園の外周の道路に至るまで、これほどまでに一体感のある光環境が実現できている場所は国内でもまだ少ないと思います。グラングリーン大阪を訪れて、ぜひ体感していただきたいですね」と佐々木さん。

「GGNさんとの協議の中で、公園の生物にとって、夜間の光は大きな影響を与えるというお話がありました。わかりやすいのは、夜の公園の電灯に昆虫が集まる光景です。そういった一つの対策をとっても、生態系に配慮し、環境に優しいライティングデザインはどうあるべきかを考えました。その結果として、できるかぎり直接光を減らし、間接照明で床面を照らすように配置構成を工夫したり、昆虫の誘因性を下げるといわれる3000Kの暖色系の光を使用するなど、ほとんどの照明器具を特注で製作することになりました」 また、照明の色味や配置だけでなく、公園内の照明の数も通常の半分以下まで抑え、快適な暗さを追求した。その意図には内原智史デザイン事務所の代表取締役で、グラングリーン大阪のライティングデザインにも携わられた内原智史さんの言葉があったと迫田さん。 「生物や植物、あらゆるものにとって闇は闇であるべき、という内原さんの言葉に感銘を受けました。それは、GGNさんもおっしゃっていた夜間の光が与える影響と同じ考え方です。単純に明るさを抑えるのでなく、時間帯によって段階的に明るさを落すなど、自然の摂理のように暗さを変化させています」

「光のタイムシークエンス」をあらわしたプロット。時間帯が進むにつれて、メインゲートとなる場所以外は照明が間引き点灯による滅灯になるなど、段階的にライティングが変化していく。

ただし、理想を掲げても現実に施行するには大変な苦労を伴ったと当時を振り返る。 「数センチのズレというのは通常の現場でもよく起こり得ますが、グラングリーン大阪においてはそれが許されない現場でした。そのため、何度も現場に赴いては細かく調整しました。時には、植栽されている植物にライトアップする予定が、想定していたところに植物の枝葉が伸びておらず、一枚の葉すら照らしていなかったということもありましたね」 うめきた公園を象徴するのが、南北に分かれている園内をS字状に縦断する全長約400mの歩行者用デッキ「ひらめきの道」だ。とくに公園の中央を横断する道路の上空に架かる橋はシンボリックな存在だ。 「ひらめきの道でも、照明において新しい挑戦をしています。センサーが一定ピッチに取り付けられており、歩行者がいない時は照度を抑え、人が通る時だけ照度が上がる。橋の左右の光が通行人を導くように流動的に動きます。また、手すりルーバーと床面を間接的な光で照らし、橋が浮かび上がるような演出になっているので、橋の上からはもちろん、外から見ても楽しめるデザインになっています」と佐々木さん。 さらに、ひらめきの道では時間帯によって光の色や動きを変化させるという。 「一日の中で刻々と変化する空や陽の光を投影するかのように、ひらめきの道の光も変化させています。空を赤く染める夕焼けや月の光、木漏れ日など、さまざまなシーンを照明の光で演出します。原色のような強烈な色味ではなく、自然に近く公園の緑にも馴染む色合いです」

「ひらめきの道」のライティングは、1日の光の変化やグラングリーン大阪のテーマカラーをイメージしたみどり、日没前の薄明りを感じさせる赤など、さまざまな色味と動きが変化する。

こうした光の扱いや色味の考え方について、GGNと議論した際の忘れられないエピソードを迫田さんが語ってくれた。 「公園には桜や紅葉も植栽されるので、春には桜色、秋には紅葉色など、季節にあわせて橋をライトアップするというアイデアもありました。ですが、それに対してGGNの鈴木マキエさんは、『本物の桜や紅葉がそこにあるのだから、似せたライティングにする必要はない。人工物には人工物ならではのよさを演出するべきではないか』と話されて、その時に考えを改めました」 こうして、公園にある自然のみどりをより引き立たせ、それに添うようなライティングデザインの方向性が定まった。ライティングによる生態系への負荷を最小限におさえつつ、環境共生への気づきと体感ができる仕かけが施された。 「平日と休日でもライティングも色合いが変化します。訪れるたびに印象が変わるライティングデザインができた、そういう魅力を公園に与えられたのではないかと思います」と迫田さんは自信を滲ませる。 最後に佐々木さんはまちや公園における照明の役割についてこう話してくれた。 「いつでも迎え入れてくれる居心地の良い場所というのは、なかなかありません。それが梅田という都心にでき、誰もが思い思いの時間を過ごすことができるようになります。今回のライティングデザインが、訪れる方々にとっての自分だけの居場所づくりの一助となってくれることを期待しています」 あたりまえのように存在しているまちの光にも、設計者たちのさまざまな思いが込められている。時にはまちや公園の魅力を高める光、またある時には環境や人に対して優しい光となって灯り続けることになるだろう。 ※掲載されているイメージビジュアルは、2024年8月時点までに制作されたものであり、今後変更となる可能性があります。 写真:東谷幸一  文:脇本暁子