イノベーションの創出を促進する、“ごちゃごちゃ空間”とは。
2023.09.28
2023.09.28
グラングリーン大阪における中核機能とは、イノベーションに資する施設(以下、JAM BASE)、JAM BASEの管理運営組織(一般社団法人コ・クリエーションジェネレーター)、イノベーションの支援を行っていく支援組織(一般社団法人うめきた未来イノベーション機構)の3つの総称を指している。グラングリーン大阪では、まちや都市公園などのあらゆる所で中核機能が展開されていくが、その中心となるのが北街区賃貸棟の1階~9階(以下、ごちゃごちゃ空間)だ。それらのイノベーション・プラットフォームづくりに携わるグラングリーン大阪開発事業者と、ごちゃごちゃ空間の設計やデザインを担う設計担当者、デザイナーに話を聞いた。
「JAM BASEは、特定の場所にだけあるのではなくグラングリーン大阪の北街区や南街区、都市公園内など、まち全体に点在しています。そのなかでも活動の中心となるのが、北街区賃貸棟の1階から9階にある施設です。私たちはその施設作りを手がけています」と話すのは、オリックス不動産の河津領太さんだ。 「施設のコンセプトは“活動混在型空間”、通称“ごちゃごちゃ空間”と呼んでいます。さまざまな用途や機能を集約するのではなく、あえて混ざり合うように配置し、また共用部なども充実させて、いろいろな場所で滞在や活動をしたくなるような施設を構想しています。単純に仕事や作業をするだけのシンプルな環境をつくるのではなく、あえて人の視線や動線を交差させる仕掛けを設け、ワーカー同士の出会いや活動の交わりを誘発し、イノベーションの創出に不可欠な多様な出会いと交流を促すという狙いがあります。」
施設のコンセプトを形にしていく役割を担ったのが、日建設計の山本恭史さんとサドルの稲垣誠さん。これまでにない“ごちゃごちゃ空間”をつくりだすことについて山本さんは「とてもエキサイティングだった反面、苦労も多かった」と振り返る。 「設計に取りかかる当初から建物の専有面積はおおかた決まっていて、高層階にはホテルが入ることも決まっていました。建物自体がスレンダーな形をしていることもあり、限られたスペースでやるしかないという大きなハードルがありましたが、それを逆手にとって吹抜けと階段で空間をつないでいきました。」
コンセプトを具現化するに際して、“ごちゃごちゃ空間”というキーワードを読み解くのに数カ月は悩んだと稲垣さんが続ける。 「今回のような施設では、どちらかというと使い方から考えてコントロールしやすい形態にすることが多いと思います。それをあえて“ごちゃごちゃ”にするということですから見当もつかず。国内外の事例を数えきれないほど研究しました。ただ、部分的に参考になるものはあっても、完全に具現化している施設は存在していませんでした。どれが正解かわからない手探りでのスタートだったので、開発事業者の方とも何度も話し合いを重ねていきましたね。そうしたなかで、コンセプトに合わせてごちゃごちゃと煩雑なデザインをするというよりは、まずはこの施設をいかに使い倒してもらえるかといったデザインにしていく方向性に定まってきました。もともとアクティビティの空間をつくり出すために、通常だったら生まれてこないような空間や隙間ができるように設計されていたので、そうした空間を際立たせて有効利用するにはどうしたらいいかと頭を悩ませました」
“ごちゃごちゃ空間”をどのようにして形づくるか、そのひとつの解がビルの3階から9階までを貫く吹抜け空間にある。 「先行開発区域(うめきた1期)であるグランフロント大阪の中核施設「ナレッジキャピタル」の活動の中心となる場所は、平面的に展開しているのに対し、この施設では吹抜け空間を中心に1階から9階まで縦積みされた構成になっています。例えば、吹抜けをずらして配置したり、階段の踊り場を広くしつらえて積極的に場づくりの要素に取り入れて、見る・見られるの関係を生み出し、上下階のアクティビティをつなぐ仕掛けを散りばめています」と山本さんは話す。 「ずらして配置したことで階段の裏面が見えるようになっているのですが、そこには人のアクティビティを誘発させるようなイラストレーションや、有彩色でのカラーリングを考えています。階段の色味は有彩色など明るい色合いを使うことで空間に活発・活動的な雰囲気をもたせたり、壁面を積極的にデザインするなど、いろいろな仕掛けも取り入れたいと思っています。また各フロアには異なるデザインテーマを設けていて、1階は「park(公園)」、2階は「marche(マルシェ)」、3階は「bar(バー)」となっています。例えば1階の「park(公園)」であれば、公園を構成する要素を抽出して、それを表現したテーマカラーや素材を使用していくというものです。そういったさまざまな仕掛けや要素が大階段や吹抜けで縦に積み重なっていく。この吹抜け空間こそ、ごちゃごちゃ空間のエンジンであると言えますね」と稲垣さん。 施設の特徴や今後の構想について説明してくれた。
「我々としてはこの場での活動や出会いを通し、いろんな事業やサービス、技術、製品、アイデア、考え方等が生まれて欲しいという思いを持っています。そのために、利用者同士で交流できる場所や個人・少人数で利用可能なワークスペースのほか、ミーティングルーム、シェアキッチン、ラウンジ、カフェ、シャワールーム、アートなど、多様な機能を用意しております。また、日によって、考えるのに適した空間を欲している日、作業スペースが必要な日、多くの人と交流したい日などがあると思います。そうしたさまざまなニーズに応えるために、各階が同じような通り一辺倒のデザインではなく、各フロアのデザインを変えて、この空間に行ったらちょっとわくわくする、この空間ではゆっくり考え事ができる、この場に来ればいつも賑わいがあって誰かしら面白いことをやっているというような施設にしていきたいと思っています」と河津さんは使い方を提案する。 「そうした使われ方をするのが大前提としてありますが、当然、時代とともに求められるものも変わっていきますし、使われ方も変わっていくでしょう。今回、できる限り素材を生かし、シンプルな造作を心がけているのは、その時代に合わせて施設もどんどん変化し、時代の変化とともに成長していける、そんな施設になって欲しいと考えているからです。そして、この施設に入居したスタートアップが、ビジネスが成長してここを出た数年後、スターターを育てるといった違った立場で戻ってくる、そうした循環がこの場で起きることを願っています」とこの施設の将来像について思いを馳せる。
ごちゃごちゃ空間のある北街区賃貸棟は、世界的なランドスケープデザイン事務所GGNがランドスケープのリードデザインを手がけ、日建設計が設計を担当する都市公園の北側に位置する。公園内の建物はみどりに溶け込むように設計され、道路自体も境界をつくらず広場空間の一部として整備されるといった、みどりと一体化した開発が進められている。 「街区全体の開発のコンセプトも、“ボーダーレス”なんです。敷地の境界をなくし、建築とランドスケープの境目をなくし、用途の壁をなくしてひとつながりの空間に開いていく。そうしたまちの姿を我々は思い描いています。将来的にはこの施設のどこからどこまでが中核機能だった?と利用者の皆さんが思ってくださるように、ホテルや商業施設、そして公園ともシームレスにイノベーションのための空間が馴染んでいってほしいですね」と山本さん。
北街区賃貸棟や公園の一部は、2024年9月に先行まちびらきを迎える予定だが、大阪の気候風土に根差した植栽計画の樹木が生い茂りみどりが覆う公園の真の姿は数十年後を見越している。 「グラングリーン大阪にも完成の形というのはないのかもしれません。公園の樹々と同様にこの施設自体もどんどん変化していき、建物自体の機能的なボーダーレスだけでなく、利用者も年齢などの世代間や国籍、性別といったものを超えて、この場にアクティビティが生まれ全く違う概念や新しい価値観が生まれいく。それが必然的にイノベーションにつながってくると期待しています。それが生まれて初めて今回のプロジェクトが成功したと言えるのではと思っています」と稲垣さんが力強く未来像を説く。 多様な人々が日常的に交わり、新たな視点を生み出す仕掛けが満載のごちゃごちゃ空間は、イノベーションが生まれるゆりかごとなり、大阪発のスタートアップが世界にはばたく土壌となっていくのだろう。 ※掲載しているパースはすべて計画中のものであり、変更される可能性があります。
写真:内藤貞保 文:脇本暁子