都市における緑の価値を可視化する、5つの指標「みどりのものさし」
2024.07.17
2024.07.17
都市に緑があることは、美しい景観をもたらすだけでなく、ヒートアイランド現象の緩和や生物多様性の向上、空気浄化など、さまざまな効果があると期待されている。そういった都市空間における緑が及ぼす価値や効果を指標し可視化することを、日建設計と日建設計総合研究所が策定した。緑の多面的な価値を可視化する「みどりのものさし」とはどういったものだろうか。策定に携わったメンバーに話を聞いた。
「みどりのものさし」をつくるに至った背景には、進行が深刻化している環境問題が大きく影響しているという。世界が取り組む環境問題の現状について、日建設計のランドスケープアーキテクトで樹木医でもある小松良朗さんは次のように語る。 「地球温暖化、ヒートアイランド現象、集中豪雨、水害、生態系破壊、大気・水質汚染など、多くの環境問題が地球規模で進行しています。世界各国がなんとかその進行を食い止めようと、SDGsをはじめ、2030年までに生物多様性の保全を目指す『30by30(サーティ・バイ・サーティ)』、2050年のカーボンニュートラルの実現を目的とする『Carbon Neutrality by 2050』など、さまざまな取り組みがなされています。そのような状況下で、都市の緑がもつ多面的な価値がいま見直されつつあります。近年では、世界の主要都市であるパリやニューヨーク、マドリードなどで、都市の中に緑を取り戻すことで、地球環境に配慮した持続可能な社会経済システムを目指す『グリーンリカバリー(緑の復興)』という動きが非常に活発化しています」
コロナ禍からの経済復興策として、欧米を中心に広がりを見せている「グリーンリカバリー」。国内でもアフターコロナの取り組みとして、持続可能な社会の実現に向けた取り組みが進められているが、課題も依然としてあると小松さんは続ける。 「森林大国である日本は、郊外に行けば豊かな自然がありますが、都市開発においても緑の重要性に対する意識を向上させる必要があります。そうしたなかで、自然と都市の融合を目指す『グラングリーン大阪』は大きなマイルストーンになり、それを正しくアピールしていく必要があると感じています」 そうした世界の環境問題の現状を背景に、グラングリーン大阪では環境に配慮したさまざまな取り組みが進められている。国際認証制度「LEED認証」の取得もその取り組みのひとつだ。そのうえで、「みどりのものさし」という独自の評価システムを設けた理由について、小松さんは説明する。 「LEED認証のように世界的な認証制度を取得することで、環境に配慮しているまちであると認識はされますが、そこでの環境への取り組みや効果までは伝わりにくいというのがありました。緑が重要であるということは誰もがわかってはいても、なかなかその価値が見えにくい。緑の環境価値を定量化・可視化することで、一般の方にもわかりやすく伝えることができるのではないかと考えました」
そこで日建設計と日建設計総合研究所のそれぞれの分野のスペシャリストが部門を横断して結集し、「温室効果ガスの削減」、「樹木による空気の浄化」、「温熱環境の改善」、「生物多様性の促進」、「雨水流出の抑制」といった5つの観点から、緑が持つ環境価値を数値化する「みどりのものさし」を策定した。 「緑の環境価値を可視化する方法は、これまでも国内外で取り組まれていました。ただ、分野ごとにそれぞれの個別に評価されることが多く、一般の方が全体像をわかりやすく理解できるものが十分にありませんでした」と日建設計総合研究所の鶴見隆太さん。
「みどりのものさし」の5つの指標のひとつ「温室効果ガスの削減」。大気中に含まれる二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスは、太陽光の熱を蓄え、地表の温度を一定に保つために必要なものだが、急激に増加したことで地球温暖化の一因となっている。その抑制に大きな役割を果たすのが森林だ。樹木は、光合成によって葉が二酸化炭素を吸収し酸素を放出するので、温室効果ガス排出量の削減に向けて効果がある。 「樹木の樹種、大きさ、本数から、グラングリーン大阪全体の樹木による年間のCO2固定量を算出しました。グラングリーン大阪には約1,600本の樹木が植栽される計画ですが、算出の結果、年間で合計約35トン以上のCO2が固定されるということがわかりました。これは一台の自家用車が走るときのCO2排出量に換算すると、地球6周分以上の量に相当します。CO2の固定には樹種や大きさ以外の環境要素も影響するとされています。土厚が十分に確保され、草本層から高木層が階層構造をなす質の高い緑をつくり出せるかも重要です」と話すのは、日建設計のランドスケープデザイナーの小川伸子さんだ。 また、「空気の浄化」においても、緑は大きな役割を果たしている。樹木の葉は表面と内部に大気汚染物質を吸着する働きがあるとされ、グラングリーン大阪における緑の影響を算定した。 「うめきた公園の樹木がどれだけ大気の汚染物質を吸収しているのかを算定した結果、二酸化窒素だけを見ても、車の走行による排気ガスに換算すると年間では地球約3周分に相当する量を吸収しています。それだけの量が樹木によって吸収されるということがわかりました」と小川さん。
人々がより快適に暮らしやすいまちづくりを行ううえで大きく関係する「温熱環境の改善」についても、シミュレーションしてわかりやすく可視化できたことがあると鶴見さんが説明する。 「土壌・植物・大気の相互作用を評価できるシミュレーションモデルを使い、グラングリーン大阪の豊かな緑・水景を再現したシナリオと、高木や水景がないシナリオを比較しました。その結果、夏期の日中には、緑陰により、最大15℃程度地表面温度が抑制できることが可視化できました。体感温度も最大5℃程度抑制されることがわかり、都心のクールスポットを作り出せていることを確認できました」 そして、グラングリーン大阪のみならず、梅田周辺エリアにも関係してくるのが「生物多様性の促進」だ。大阪城から淀川をつなぐ生態系ネットワークにおいて、小松さんは「グラングリーン大阪はとても重要な地点である」と話す。 「うめきた再開発地域は、元々が操作場跡地だったことから、従来の樹林率は3%程度でした。しかし、グラングリーン大阪が誕生することで、樹林率は12%まで上昇することがシミュレーションにより数値化、可視化されています。それにより、シジュウカラのような小さな野鳥が訪れるようになり、エサとなるさまざまな昆虫なども生息することでこの地で新たな生態系ピラミッドができると思っています」 最後の「雨水流出の抑制」について、「水に関しては大きくふたつのアプローチがあります」と水のエキスパートである福壽真也さんが説明する。 「ひとつは、水害、浸水対策といった安心安全なまちづくりの面です。グラングリーン大阪の敷地に降った雨を周辺の下水道にそのまま流すと、排水しきれずに冠水の恐れがあります。そこで敷地約9.1haのうち7 割で雨水流出抑制対策を導入しています。道路を挟んで配置された南北それぞれの公園の下に大きな貯留槽を、建物のエリアにはその下に貯留槽を設置し、雨水をいったん貯めて、時間差で少しずつ排水していくことで周囲の下水道に負担をかけないようにしています、施設規模の検討に用いる大雨条件では、雨水流出のピーク値は全体として約66%カットできることが試算からわかりました」
もうひとつのアプローチは、「うめきた公園が誕生することで、どのくらいの環境価値が生み出されるのか?」についてだ。大阪の年間の平面的な降水量から見たうめきた公園の雨水浸透量や水循環を可視化することで、その価値を再確認したと福壽さんは続ける。 「敷地全体が建物や道路だけの場合は降った雨の90%以上がそのまま流出していきますが、緑地の場合の流出量は25%程度にとどまり、雨水は緑地に浸み込んでいきます。浸透した雨水は樹木の根に吸収され、葉から蒸散して大気中に戻るという水循環によって土壌環境、空気環境や温熱環境の改善が期待できます」 緑の価値は、SDGsの環境レイヤーのほか、都市の魅力向上や地域コミュニティの醸成等の社会レイヤー、経済的レイヤーなど多面的にある。 「まずは環境レイヤーの点において、5つの観点からなる『みどりのものさし』で数値やビジュアルなどで具体的に可視化しました。これらの結果はシミュレーション等の検討によって導き出されたものなので、まちびらき後に公園のデータをしっかりとる仕組みをつくり、成果を情報発信していければと考えています」と小松さんは意気込みを語る。 グラングリーン大阪の緑の価値を具体的に可視化する「みどりのものさし」は、日本のみならず世界のグリーンリカバリーにおいて重要な役割を果たすだろう。 ※本プロジェクトの環境価値評価の詳細は以下をご参照ください(外部リンク)。
写真:東谷幸一 文:脇本暁子