ランドスケープと共生し、街のアイデンティティを映すサイン

2024.07.26

テーマ:サインデザイン

目的地を案内する標識や駅の中に吊り下げられた表示など、その土地を初めて訪れる人に必要な情報を与え、誘導してくれるサイン表示。それらは、まちのイメージを印象づける重要なアイテムであり、グラングリーン大阪という新しいまちに設置されるサインも、機能的でありながら、その場所のアイデンティティを体現するようなものになる。訪れるすべての人に、わかりやすいサインを提供するというサイン計画に込められた想いについて、グラングリーン大阪開発事業者とサインデザインを担当したデザイナーに話を聞いた。

左から、安野谷幸伸さん/阪急阪神不動産株式会社(開発事業本部 都市マネジメント事業部 うめきたPJM・商業開発グループ)、井原理安さん/有限会社井原理安デザイン事務所、福田 宏さん/株式会社メック・デザイン・インターナショナル(デザイン・ソリューション1部 ユニット長 デザインディレクター)

2024年9月6日に先行まちびらきを迎えるグラングリーン大阪は、都市公園を中心に北街区と南街区に分かれ、オフィスやホテルや中核機能施設、商業施設など、多種多様な施設が点在する。まちや施設の全体像をわかりやすく表示し、目的地まで誘導するサインは、重要な役割を持つ。「サイン計画のコンセプトを策定するにあたり“巡る”というキーワードがこのまちにふさわしいのではないかと思いました」と話すのは、東京ミッドタウン日比谷や虎ノ門ヒルズなど数々のサイン計画を手がけたサインデザイナーの井原理安さんだ。

「良いデザインのサインがあることは、その土地に住まう人々の生活の質を向上させ、それが良い文化を創出することにつながります。その連なりが、街ひいては国全体の質を底上げすることになっていく、という想いで長年サインデザインを続けています」と井原理安デザイン事務所の井原理安さん。

「“巡礼”という言葉をご存知でしょうか。日本では四国の霊場八十八箇所を巡り歩く“お遍路”などがそうです。お遍路では、徳島にある1番札所から香川の88番札所までお寺に番号が振られているのですが、どこから巡拝しても良いことになっています。グラングリーン大阪を訪れる人たちにも同じように巡ってほしいという思いから、都市公園や多様な施設をどこからでも自由に見て回ることができる“巡路”をイメージしてデザインしています。また一方で、オフィスなどあらかじめ目的地が決まっているケースも想定されます。そうした方々には案内・誘導・表示といった“順路”の機能を持ったサインをそれぞれの施設や建物内に配置し、スムーズに目的地まで導くようにしています」 グラングリーン大阪では、“巡路”と“順路”の2つの方向性でサイン計画が展開されていくということだが、ではそれらをどこにどういったサインで配置していくのだろうか? それを決めていく作業はかなり困難なものだったと阪急阪神不動産の安野谷幸伸さんが振り返る。 「グラングリーン大阪は、公園、オフィス、ホテル、商業施設、中核機能施設、住宅とさまざまな用途の施設があり、建物形状も複雑です。たとえば南館の地下はつながっているけれど、地上はそれぞれ個別の棟が屹立しています。複雑な建物形状のどこに何の機能や施設があるのかを、初めてお越しになるお客様に案内するにあたり、利用者動線にも配慮した計画を検討しなければなりませんでした」

「まちに訪れた人たちが困ったときや必要なときに、配置されたサインがそっと手を差し伸べる存在になり、新しいまちを好きになってくれることを願っています」と阪急阪神不動産の安野谷幸伸さん。

グラングリーン大阪には、さまざまな用途・目的の施設が集積することから、各施設を担う開発事業者にも多種多様な思い入れがあり、その気持ちを汲み取ることに奔走した。 「各施設にはそれぞれ船頭さんがいて、それぞれの想いや要望があります。その想いを束ねて、デザイナーが盤面にぐっと圧縮し、けれども単純に文字数を小さくするという手段に逃げずに、視認性を高めて、かつシンプルなデザインに落とし込んでいく。それらの過程は骨の折れる作業でしたが、背景の異なる複数の開発事業者でひとつのモノをつくるというこの開発ならではの経験ができました」と安野谷さんが語る。 また、グラングリーン大阪のサイン計画を考えるうえで、隣接する先行開発区域(うめきた1期)のグランフロント大阪との親和性も意識したと語るのは、メック・デザイン・インターナショナルの福田 宏さんだ。

「サインには、必要最低限となる情報を掲載するため、詰め込みたい情報を削ぎ落としていく作業が重要です。ただ、掲載されていない情報を必要とする人もいるので、サイン内に二次元バーコードを設けて、より詳細な情報にアクセスできる工夫もしています」とメック・デザイン・インターナショナルの福田 宏さん。

「グランフロント大阪とグラングリーン大阪が同じうめきた地区であることが伝わるように統一感を持たせるような工夫を凝らしています。書体やピクトグラムはグランフロント大阪と同じものを使用し、それぞれにつながりがあることを感じ取っていただけると思います。また、グランフロント大阪の南館と北館はそれぞれ黒と白のモノトーンのカラーリングを採用しているのですが、グラングリーン大阪でもそれを踏襲することを検討していました。しかし、カラーリングに関しては、最終的にはそれぞれの環境に特化した独自のデザインにしています」 そうして固まってきたサインのデザインイメージが「シンプル&クリア」。これはグラングリーン大阪に誕生するアイコニックな都市公園「うめきた公園」の景観としてのみどりや、その空間に展開されるランドスケープデザインを活かすことを意識したデザインだという。 「公園内に設置するサイン板の形状は、人の目線より低く見下ろすような斜面のサインボードで透過性のある素材を吟味しました。文字や図のみが光り浮かび上がってきて、透け感のあるサインボードの向こう側には公園の芝生や緑が透けて見えるようになっています。公園を中心としたまちのランドスケープに馴染むよう主張しすぎないデザインを意識しました」と井原さん。

公園内に設置されるサインの一部分を切り取ったサンプル。貯められた雨水の一部を植物の潅水に再利用することなどをイラストを用いて表現。わかりやすく環境学習について学ぶことができる。

また、サインに掲載する内容についてもまちのコンセプトを意識して徹底的にこだわったと安野谷さんが続ける。 「公園のサインは、動植物や生物多様性の説明や水の循環、CO2削減に向けた環境技術の説明など環境学習を促すようなものを多く取り入れています。居心地の良さを重視して、注意を呼びかけるような禁止系や利用制限の文言は必要最小限とし、来園者の皆様のモラルを醸成してより良い公園にしていきたいという思いを込めています」 必要な情報をわかりやすく案内するサインは、街を訪れる多様な人々に寄り添う存在。多種多様な施設を、サインを道標にまち歩きを楽しんでほしいという思いが詰め込まれている。 「サイン表示は、情報を過不足なく伝えることが前提としてありますが、日常ではサインの存在に気づかないぐらい自然なものとしてグラングリーン大阪という新しいまちに馴染んでほしいですね」と福田さん。 最後にグラングリーン大阪に込めた思いについて安野谷さんが語ってくれた。 「私自身、幼いころに両親に連れて行ってもらった公園や商業施設は大人になったいまでも良い思い出として心に残っています。子どもが大人になり、また自分の子どもを連れてくるように、時が巡り、想いが巡る。グラングリーン大阪がそういった空間になることを願っています」 ※掲載しているパースはすべて計画中のものであり、変更される可能性があります。

写真:蛭子真 文:脇本暁子