自然本来の風景を探りながら、進化を続ける庭園を目指す
2022.06.28
2022.06.28
シカゴの街を一新させた公共公園「ミレニアム・パーク」が生まれたのは2004年のこと。かつて鉄道の操車場やレール置き場であった場所に人工地盤を設置し、鉄道駅や駐車場の上に巨大な市民の憩いの場を作りだした。このミレニアム・パーク南端にあるモニュメンタルな庭園「ルーリーガーデン」を設計したのが、うめきた2期地区全体のまちづくりに参加するランドスケープ・デザイン事務所「GGN」だ。
ルーリーガーデンは宿根草(多年草)をはじめ、高低の樹木など350種以上の植物からなる1ヘクタール(2.5エーカー)の庭園だ。そこにはミシガン湖岸をイメージした遊歩道や特徴の異なる2つの庭園が広がる。ミレニアム・パークを運営する財団理事長のドナ・ラ・ピエトラさん、ルーリーガーデンの園芸責任者として保全や長期計画策定の活動を行うキャサリン・デリーさん、そしてGGNのシャノン・ニコルさんの3人に現在のルーリーガーデンについて話を聞いた。
Q. ミレニアム・パークの成り立ちについて教えてください。 A. 新しい千年紀を華々しく祝うにあたって、シカゴ市民へのプレゼントとして都会のオアシスをつくろうと慈善の市民グループとシカゴ市が協力し、ミレニアム・パークが誕生しました。園内には、水銀から着想を得たとされる彫刻家アニッシュ・カプーアの「クラウド・ゲート」や、巨大なLEDスクリーンを内蔵したジャウメ・プレンサによる現代的な噴水「クラウン・ファウンテン」、そして建築家のフランク・ゲーリーによる「プリツカー・パビリオン」など、時代の最先端を走る芸術家の作品にあふれています。これらのアートはミレニアム・パークが新しい都会の公共空間として、誰もが自由にアート鑑賞ができる空間になることを目的に設置されています。(ラ・ピエトラ) Q. ルーリーガーデンはどのような庭園なのでしょうか。 A. ルーリーガーデンでは新しい千年紀とシカゴの生態系という、2つの要素を表現したランドスケープ・デザインを求めてコンペで計画案を募り、結果GGNの選定に至りました。GGNのデザイン案は、庭園にシカゴの歴史、地理、生態系を織り込むものでした。ルーリーガーデンは自然的でありながら、はっきりとしたビジョンありきの芸術性も備えています。(ラ・ピエトラ) コンペでは、世界でも他に見られないような希少植物を取り入れることが求められました。そこで、人間がつくり上げた人工地盤に、植物の庭園を設置する手法に魅力を感じたのです。シカゴは大阪同様、湿地帯につくられた都市で「うめきたプロジェクト」とも通じる部分があります。どちらも、都市のもつエネルギーがテーマです。ルーリーガーデンは、庭園の構造や地形、レイアウト、形状などあらゆる要素からシカゴを創造した人々の物語を伝え、その高みに向かっていくエネルギーを屋上に広がる自然で表現しています。また、現代的な都市の風景とともに、湿地帯であったシカゴ本来の風景をも広げることで街の歴史を表現し、未来にむけたメッセージにしたいと考えました。そのため当時、ヨーロッパでアメリカの自生植物を扱っていたオランダの園芸家であるピート・アウドルフに協力を仰いだのです。(ニコル)
Q. ルーリーガーデンのデザインコンセプトについて教えてください。 A. 私たちは、「上へと押し出すエネルギー」という力強いストーリーとコンセプトをもっていました。ルーリーガーデンは2つの異なる多年草の庭園からなり、これを2つのプレートと呼んでいます。ひとつは過去の湿地帯をイメージした挑戦的な庭園の「ダークプレート」、もうひとつは未来を思わせる広々としたガーデン「ライトプレート」です。プロジェクトが完成したいまも、私たちはガーデンの園芸スタッフと連絡を取りつづけています。植物を植えることはプロジェクトの始まりに過ぎず、その後も専門家の手が必要だからです。ルーリーガーデンは建設当時より美しい姿へと成長を続ける、希有な庭園となりました。継続的な剪定やクリエイティブな活動に取り組み続ける重要性を世界に示す事例とも言えるでしょう。(ニコル)
Q. ルーリーガーデンのいまを教えてください。 A. ルーリーガーデンには日々、近隣住民や観光客が来園しますが、目的はさまざまです。植物をもっと詳しく知りたいという利用者や、自分だけのオリジナルの「ルーリーガーデン」を作りたいと勉強に来る方。もちろん偶然に訪れて、「都会にこんなにも自然味溢れる公園があるなんて知らなかった」と驚く方もいます。ルーリーガーデンは入り口を狭くしており、囲いに覆われているので見つけにくい一面があります。それがむしろ魅力となり、来園者には「秘密の花園」と呼ばれています。(デリー) 光り輝く照明や壮観な造形物が並ぶミレニアム・パークの他の場所とは異なり、ルーリーガーデンは繊細な植物を楽しむことができるエリアです。アクティブな公園からこのエリアを切り出すのは非常に難しい課題でしたが、結果として人々がリラックスできる空間になったのではないでしょうか。ショルダーヘッジと称した大きな生垣で庭園を囲うことで街のにぎやかさと距離を保ち、アウドルフによる芸術的な多年植物に目が行くような工夫を行いました。それでも生垣越しにすべての建物が見えるように設計しているので、ルーリーガーデンにいてもシカゴの街にいることを実感できるようになっています。また、草原の多年草は冬に多くが休眠し、茶色になります。それもまた季節感を感じていただける要素ですが、冬になると休眠する植物を庭に植える概念をアメリカでも受け入れてもらおうという意図もありました。(ニコル) ルーリーガーデンはシカゴの都市景観の中で、自然に対する畏敬の念と人工物のインスピレーションが融合した場所のひとつです。一歩足を踏み入れると、息を呑むような瞬間があります。自然がつくりだす緑の楽園に夢中になり、そしてふと視線をあげると、人間の手によって建てられた素晴らしい超高層ビル群が背景に見える。つまり自然と人工物という相反するものが、同じ場所からそれぞれシカゴの歴史を物語るのです。(ラ・ピエトラ)
Q. これから始まる「うめきた」という場において大切なことはなんでしょう。 A. ルーリーガーデンでのプロジェクトを通して、私は2つのことを学びました。ひとつは公園が都市の物語を伝える場として機能すること。大阪にも水路をはじめとする、独自に発展した素晴らしい物語があります。「うめきた」を訪れることで、街がもつ自然や文化の歴史を見つめ直す機会となるでしょう。もうひとつは、優れた園芸スタッフ、植物の継続的なメンテナンス、そして都会での園芸に何が最適かを学びながら、積極的に取り入れることです。「うめきた」もまた、訪れた人々が植物を学ぶ場となることでしょう。大阪は歴史的にも新しい発想やものづくりにとてもオープンな街なので、その点でも大きな可能性を秘めた街だと思います。(ニコル)
Q. 「ルーリーガーデン」の今後についてビジョンを教えてください。 A. この庭園は生きた芸術作品です。開園以来進化を続け、いまもなお変化し続けています。今後もその進化を慎重に導き、責任をもって原点にある設計意図を考慮しなければなりません。私はルーリーガーデンを形成するすべてを、ひとつの生態系として捉えています。そして植物、土壌、野生動物、それらがどのようにつながっているのか、保全と植物の健康についてよく考えます。本来の生態系が保たれた景観は、究極的に美しいはずです。ですから可能な限り自生の植物を選び、化学物質を使わず、野生動物のための生息地を作りながら、常に美観を意識しつつもルーリーガーデンを維持する新しい方法を見つけていきたいのです。(デリー)
ドナ・ラ・ピエトラ 非営利団体ミレニアム・パーク運営財団理事長。シカゴ市民代表としてミレニアム・パーク開園運動時から携わる。 キャサリン・デリー ルーリーガーデンの園芸責任者。公共の場としてルーリーガーデンの進化を促進すると同時に、設計当初のガーデンのデザインの維持に努める。 シャノン・ニコル GGNの共同創業者とともにルーリーガーデンのデザインを手掛けた。開園後もルーリーガーデンの園芸スタッフとの定期的な協議、および新たな園芸スタッフの育成プログラムの設立にも携わる。 |
文:山田泰巨 写真:Coyote Sun Productions