大阪の生態系ネットワークから創造性を生み出す「みどり」の可能性

2021.05.26

SDGsの実現のために大阪府が掲げた目標のひとつに「全てのいのちの共生」がある。大阪では8,700種を超える多様な生物たちが生息し、森林や里山、河川、海、都市などあらゆる環境でそれぞれの生態系が成立している。しかし、人口や都市機能などが集積していくなかで、生態系機能の低下や緑の不足といった課題が見えてきたいま、この豊かな生態系と共生するために求められている都市の姿とは。 西日本最大のターミナル駅である大阪駅の中心市街地でも、街路樹といった従来の緑だけでない、生態系に配慮した新しいアプローチの緑化空間がある。それは、企業によって創出された新梅田シティにある「新・里山」だ。自然豊かな「新・里山」は、生物多様性保全を積極的に取り組み、都市で生き物たちとの共生を実現している先駆的な8,000㎡の里山空間。現在は、落葉樹と常緑樹の雑木94種が約3,700本も植樹され、40~50種のさまざまな野鳥が訪れる。開園して3年後には生態系ピラミッドの頂点であるハイタカも飛来し、2013年には世界に約1,000羽しか生息していないといわれる幻の鳥ミゾゴイが約1カ月半ものあいだ滞在したことが確認されたという。

梅田スカイビルの北側にある「新・里山」では在来樹種を中心とした雑木が生い茂り、棚田では地元の小学生による農業体験も行われている。

「新梅田シティの梅田スカイビルの北側にあったワイルドフラワー中心のお花畑から、日本の在来樹種を中心とした生態系に配慮した『新・里山』にリニューアルしたのは2006年のことでした。我々の事業で提唱していた“5本の樹”*1という計画に即した都市緑地をつくるために、生き物との関係を再構築するような、循環型の緑化空間を目指しました」と、改修を手掛けた積水ハウスの樹木医でもある佐々木正顕さんは語る。

積水ハウスが制作した樹木と鳥、そして蝶との関係をまとめた『庭木セレクトブック』を手にして説明する、佐々木正顕さん/積水ハウス株式会社(ESG経営推進本部 環境推進部 部長)

「1匹の青虫が蝶になるために必要とする葉の枚数は、みかんの木なら40枚。しかし、1羽のシジュウカラは年間約10万匹の虫を捕食します。すると、1羽が飛来してくれれば虫のコントロールが可能になるのです。また、『新・里山』に訪れたミゾゴイは1日に137匹のミミズを捕食していました。土壌を豊かにしてくれるミミズがこれほど豊富にいたのは、農薬や化学肥料を使わないので、有用な土中の菌類や微生物たちの働きで土壌が柔らかいからです。このように、できるだけ化学薬剤に依存せずに生き物の力を使ってコントロールをし、植物が本来持つ命の力を引き出し、人間は最低限手伝うという姿勢で取り組んできました。“生態系の基盤である緑をどうつくるか”ということがきわめて重要でした」 実態調査*2によると緑地面積の占める割合(緑被率)は、東京都区部は24.2%、名古屋市は21.5%に対し、大阪市は約15.8%と全国的に見ても緑が少ない。しかし、大阪ならではの地形は生き物にとってメリットがあると佐々木さんは言う。 「大阪市には河川の面積が10%ほどあり、まさに水の都です。大阪湾から生駒山までの距離は20㎞程度と海から山までの距離が近く、周辺山系まで河川がつながっています。渡り鳥にとって河川は、移動時の目印であり、その周辺の緑は猛禽類からの隠れ場所にもなる。こういった生き物の通り道になる生態系ネットワークが顕著なのが大阪の特徴なのです。だから、うめきた2期については、近接している『新・里山』を利用している鳥たちがさらにうめきた2期の公園へ飛んでいくことが予想されるので、公園の緑が成熟して生態系が完成するのに、そう時間はかからないと期待しています」

多くの鳥が飛来する大阪城公園を起点に北東部の淀川河川敷までおよぶ生態系ネットワークを表している。中間拠点には、うめきた2期の都市公園が位置することが見てとれる。

うめきた2期もまた、これまでにない「みどり」と融合した新しい都市を目指している。敷地面積の約半分を占める公園は、大阪に生息する生物の多様性に配慮した公園になる。公園設計に携わる日建設計のランドスケープアーキテクトで樹木医でもある小松良朗さんに、新しい都市公園のグランドデザインについて聞いた。

小松良朗さん/株式会社日建設計(都市部門 都市デザイングループ ランドスケープ設計部 ダイレクター)

「うめきた2期の都市公園が誕生するエリアは、大阪城から5㎞圏内、1㎞北上すると淀川があり、『新・里山』も約200mの近さです。大阪城から淀川をつなぐ生態系ネットワークを構築していく上では、非常に重要な場所になります。公園の植栽計画としては、『新・里山』同様に在来種が中心になりますが、南北に分かれた公園には3m程度の盛り上がった丘があり、高低差を利用した植栽計画を考えています。低いエリアにはもともとこの地に育つ潜在自然植生を中心に水辺でも育つような樹種を植栽し、丘には南北の公園をつなぐ多様なサクラ類を植栽すると共に、どんぐりがなるカシ類など北摂山系や六甲山系等に生育する樹種を植栽する予定です。また南エリアにできるエントリーガーデンには、あじさいやしゃくなげ、つつじなど日本において古くから親しまれた植物を色彩に配慮しながら100種近く植栽し、1年中なにかしらの花を咲かせ、訪れる人々に日本の四季を感じてもらえる空間にしていきます」 植物だけではなく、飛来してくる鳥や公園に生息する生き物たちにも配慮するという。 「夜間の対策として、空を渡る鳥に光の悪影響を及ぼさないよう照明は下の方向に照らし、虫が集まらないように池には光を落とさない工夫をします。また、北公園の池はトンボや小魚が生息できるよう深いところから浅瀬まで多様な水深を設けると共に、水辺や草地、樹林などがセットで存在する環境を設えていきます」

うめきた2期エリアに⽣息が期待される昆⾍類を⽰した⽣物多様性配慮ダイアグラム。⽔辺、草地、樹林地がセットとなった環境を設えることで、多様性の⾼い⽣物⽣息空間の形成を計画している。

「“みどりとイノベーションの融合拠点”がテーマですが、まずは大阪の都心に魅力あふれる“みどり”のフィールドをしっかりとつくり、春は桜、秋には紅葉と日本ならではの四季に感動できる多様な居場所を創出することで、おのずと人々は集まりコミュニケーションが生まれ、イノベーションが起きるのでは」と話す小松さん。 最後に佐々木さんから緑が秘める可能性を教えてもらった。「緑そのものが持つ人の創造性に対する影響力も見逃せません。GAFA*3などのアメリカの大手IT企業は、緑豊かな空間にいるとクリエイティビティが発揮されることにも着目して、郊外に本社を移転し、緑あふれる空間で仕事をするようになっています。緑は疲れやストレスを癒やす場所としてだけではなく、緑に接することでイノベーションを支えるクリエイティビティや生産性が高まるという調査結果も出始めているのです」 大阪の生き物の命をつなぐ生態系ネットワークとして、また創造性を触発する契機として、「みどり」が持つ可能性に大きな期待がかかる。

左から佐々⽊さん、⼩松さん、⼋⽊隆史さん/積⽔ハウス株式会社(ESG経営推進本部環境推進部)

*1 5本の樹:積水ハウスが2001年より“3本は鳥のために、2本は蝶のために、日本の在来樹種を”というコンセプトで、地域の気候風土に合わせた樹木を中心に住宅の庭づくりにセレクトし、土地本来の生態系を取り戻す造園緑化事業。 *2 実態調査 : 東京都区部(平成30年「みどり率※」の測定結果)、名古屋市(令和2年度 緑の現況調査)、大阪市(水面を含んだ緑被率 平成24年度(大阪府調査数値))より ※みどり率:緑被率に「河川等の水面が占める割合」と「公園内で樹林等の緑で覆われていない面積の割合」を加えたもの。 *3 GAFA:アメリカの主要IT企業であるグーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の4社の総称。

写真:内藤貞保 文:脇本暁子