人々の心に生涯残るような、感動を共有する場をつくる
2022.06.14
2022.06.14
「みどりとイノベーションの融合」を目指し、生命力あふれる都市空間として開業が待ち望まれる、うめきた2期。多様性を受け入れ、さまざまな人がチャレンジできる場として期待されるネクストイノベーションミュージアムの設計監修を手掛けた安藤忠雄氏に話を聞いた。 Q.国内外で数多くの建築を手がけられてきました。うめきた2期地区開発プロジェクトは、安藤さんがずっと拠点としてこられた大阪における過去最大級の都市開発計画だと思われますが、このプロジェクトにどのような思いで関わってこられましたか? A.私は大阪生まれの大阪育ちで、この街に特別な思い入れがあります。御堂筋の4列の銀杏並木が生み出す壮大な都市景観や、その整備の際に道沿いの市民が自分の土地を提供したという、公共心の高さを象徴するエピソードに、幼い頃から誇りを感じながら生きてきました。大阪では古くから、市民主導型のまちづくりが行われてきたんです。とりわけ経済・文化の中心地ともいえる中之島一帯では橋や図書館、公会堂など、民間の手でつくられた建築がいまも大阪の景観を構成する重要な要素となっています。 中心を南北に貫く御堂筋と、それを跨いで東西に延びる中之島は、「民のまち大阪」を象徴する都市軸であり、この街の魅力の要となっています。今回のうめきた2期の計画は、その軸の北端に位置します。この地が広大な都市公園として整備されることで、大阪がより重層的な魅力を持つ街になるのではないかと思います。そして、次世代の子どもたちにとっても誇りであり続ける街となることを期待しています。 Q.オフィスや住宅、ホテルや商業施設を有する都市公園が、この地で果たす役割はどんなものになるとお考えですか? A.うめきた2期の計画地は、京都・大阪・神戸をつなぐ交通の要衝に位置し、全国的にみても他に類を見ない都市開発プロジェクトです。さまざまな物流と情報が集積するこの地に、巨大な緑の公園を創出することは、これからの都市のあり方を考える上でも大変意義深い計画だと考えます。完成すれば多くの人がこの地を訪れ、緑の中で集い語らい、新たな交流が生まれる場となるのではないかと思います。
Q.国内はもちろん、世界に開かれたまちづくりに必要な視点は何でしょうか。 A.都市の魅力は個々の建築物だけがつくるものではありません。パリやニューヨークなどを見ても明らかなように、あらかじめ明確な目標を掲げて計画された都市は、時代を超えて人々を魅了しています。これらの都市では、公園などの人工的な自然と、劇場や美術館などさまざまな文化施設が注意深く配置され、「生活を楽しむ」という側面に重きが置かれたまちづくりを展開しています。 Q.デザイン監修をされたネクストイノベーションミュージアムはうめきた2期において「街を楽しむ」ための仕掛けになると思われます。アートとデジタルを盛り込んだ新しい施設として注目されていますが、デザイン上、考慮したのはどんな点ですか? A.ミュージアムは機能の大部分を地下に埋設し、地上部分は壁面緑化によって「緑のボックス」にすることで、周辺の公園景観に溶け込む外観となることを意図しています。人々は緑豊かな環境を享受しながら、最先端のデジタル技術と、アートをはじめとした芸術文化が融合した新しい形の展示を楽しむことができます。また公園と一体化することで、散歩の途中で気軽に立ち寄ることのできる施設となればと考えています。このミュージアムが、訪れる人々にとって未来について思索を巡らせることのできる場となり、日々の生活に奥行きを与えるような「仕掛け」となることを期待しています。
Q.美術にも造詣の深い安藤さんにとって、アートと建築はどのような関係にありますか? また、今後アートと建築はどのような関係性になっていくと思われますか? A.私はこれまで直島での一連のプロジェクトやパリのブルス・ドゥ・コメルスなど、さまざまなプロジェクトを通してアートと建築の関係性について考えてきました。すぐれたアートは、それ自体で多くの人々の心をとらえ、新しい世界を切り拓く力を持っていると思います。とりわけ現代アートと呼ばれるものは、現在を踏まえながら過去を見据えて、新しい未来を創造する精神を形にしたものです。それらは見るものに自分たちの未来を考える機会を与え、判断力、洞察力を要求します。展示スペースをつくるにあたっては、常に作品と鑑賞者の刺激的な対話を促し、深い思索の場となるような空間を目指してきました。アートと自然と人間とが直接ぶつかり合い、刺激し合えるような、より高い次元の<可能性の場>を創出したい。ミュージアムもそのような場となることを期待しています。アートをはじめとした芸術文化は、人の心に感動を呼び起こします。その感動を共有する場をつくるという意味では建築もまた、芸術文化のひとつだといえるでしょう。人々の心に生涯残っていくような空間をつくることが、建築の究極の目的だと考えています。
Q. 環境に目を向けた活動に早くから取り組んでおられますが、震災や感染症、地球レベルでの気候変動などの問題は待った無しの状況です。未来の建築への展望についてお聞かせください。 A.日本人は長い間、四方を海に囲まれた島国で豊かな自然とともに生きてきました。緑あふれる環境の中、家族や地域社会がお互いに助け合いながら生活を営む文化があったんです。しかしそうした美しい日本の自然環境は、どんどん破壊されていきました。それはやはり、1970年代に世界有数の経済大国になり、90年代にバブル崩壊を経験しながらも、今までずっと経済発展中心の考え方で社会が動いてきたからです。地球温暖化も、昨今の新型コロナウイルス感染症も、すべてつながっている問題だと私は考えています。自然の中で暮らしてきた人間が、自然に対する感性を鈍らせてしまった。そうしたことが、現代社会のさまざまな問題を生んできたことは明らかです。これからの世界を生きる次世代の子どもたちに対して、私たちは責任があるし、何かしていかなければいけません。 激動する時代の中で、世界も建築も全く未来が見えない状態ですが、だからこそ「建築に何ができるか」という原点をしっかり見据えていかなければいけません。建築には、複雑化する現代社会の問題を解決することなどできないし、人の魂を救えるわけでもありません。それでも、文化を拠り所に、明日を担う子どもたちがそれぞれの夢を見出すきっかけづくりくらいはできると考えています。自分の手の届く精一杯のところで、やれるだけのことをしていきたい。そんな気持ちで仕事を続けています。
安藤忠雄(あんどう・ただお) 1941年大阪生まれ。日本を代表する建築家。世界各国を旅した後、独学で建築を学ぶ。代表作に「住吉の長屋」(1976年)、「光の教会」(1989年)、「ベネッセアートサイト直島」、「セビリア万博日本政府館」(ともに1992年)、「大阪府立近つ飛鳥博物館」(1994年)、「ブルス・ドゥ・コメルス」(2021年)など。1995年プリツカー賞、2005年国際建築家連合(UIA)ゴールドメダル、2010年文化勲章など国内外で数多くの賞を受賞。1991年ニューヨーク近代美術館、1993年パリのポンピドー・センターにて個展開催。イェール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授を歴任。1997年から東京大学教授、現在は名誉教授。 |
文:久保寺潤子 写真:閑野欣次