大阪というパレットで描いた現代のラグジュアリーデザイン

2022.09.05

アンドレ・フー

うめきた2期に2025年開業が待ち望まれるホテル、ウォルドーフ・アストリア大阪。1893年ニューヨークで創業し、あまたのセレブリティを迎えてきた伝説のホテルが大阪に誕生する。今回、ホテルの設計・デザインを手がけたのは、香港を拠点に世界で活躍するアンドレ・フーさん。プロジェクトにかける思いを聞いた。

アンドレ・フー/建築家兼インテリアデザイナー

2009年、香港のホテル「ジ・アッパーハウス」のトータルデザインで世界的な注目を集め、日本でも数々のラグジュアリーホテルやレストランの空間デザインを手がけるアンドレさんは、大阪の印象をこう語る。「モダンでエネルギーに溢れた街、というのが大阪の第一印象です。高度に都市化が進んだ東京と、伝統や歴史を包み込んだ京都と比べても大阪は非常にユニークな街だと感じます。都会らしさと伝統文化の両方を持ったダイナミックな街は他に類を見ません」 2018年にウォルドーフ・アストリア・バンコクの設計も手がけたアンドレさんだが、大阪のプロジェクトでは新たなストーリーを紡いだ。「設計にあたっては、大阪らしさを表現することはもちろん、ウォルドーフ・アストリアが世界中で提供している居心地の良さを大切にしました。私が特に情熱と時間を注いだのはホテルの共用部です。ゲストが到着し、車を降りてホテルへと足を踏み入れると、ロビーの中央でアートワークが出迎えます。そしてエレベーターで29階まで昇り、扉が開くと目の前には大阪の街並みすべてが見渡せる眺望と、丁寧につくりあげた迎賓空間(パビリオン)が広がります。そこからウォルドーフ・アストリア・ニューヨークに敬意を表したアーケードを進むと、水景が目を引く、円筒形で吹き抜けのレセプションに到着します。このようにしてゲストがホテルの共用部を一歩一歩進むことで、『旅路』を感じられるよう、設計しました。このホテルが大阪の第一印象として心に刻まれ、これから始まる旅の体験へつながるランドマークのような場所になってもらえたらと思います」

130年の歴史を持ち、世界中に多くのファンをかかえるウォルドーフ・アストリア。アンドレさん設計・デザインのもと、2025年に大阪のうめきた地区に誕生する。写真はウォルドーフ・アストリアの象徴ともなっているラウンジ&バー「ピーコック・アレー」。

1階の車寄せ。車から降りた瞬間から「旅路」は始まるのだ。

プロジェクトが始まる前、大阪を数度訪れたアンドレさんは、街にアール・デコの建築がたくさん残っていることに驚いた。「大阪府庁の大理石の大階段や大阪ガスの社屋、本町の綿業会館など、1920年代、30年代当時の建物が壊されることなく現存しています。そしてまたウォルドーフ・アストリア・ニューヨークというのは非常にアール・デコの要素を感じさせるホテルです。このアール・デコをひとつのインスピレーションとし、大阪独自の色合いや形をパレットに載せて、ウォルドーフ・アストリア大阪のデザインを描きました」 アール・デコの建築様式を「繊細にして大胆」と評するアンドレさんだが、自身の作品の特徴を“cross culture”という言葉で表現する。「私のルーツはアジアですが、育ちはヨーロッパです。両方の世界を知っている私が表現するデザインは文化の垣根を超え、多様な文化背景を持つ人々に受け入れられてきました。異なる文化に身を置いてきた私が大阪という街の特徴を捉え、全く新しい文脈で表現することで、今まで気づかなかった大阪の新しい魅力を伝えたいのです。かつてフランク・ロイド・ライトは大阪にほど近い兵庫県芦屋市にアール・デコ様式の邸宅を設計しましたが、それはあの時代の大阪において彼がイマジネーションを働かせてつくりあげたものです。私も大阪の歴史に敬意を払いながらもう一度頭の中でそれを反芻し、現代の大阪において最もふさわしいデザインはいかにあるべきかを考え、表現しました」

円筒形のレセプション「ランタン」。空間の真ん中には水景を配している。

アジアやヨーロッパなどさまざまな国でラグジュアリーな空間をつくってきたアンドレさんは、現代におけるラグジュアリーをどのように捉えているのだろうか。「私はよく“relaxed luxury”という表現を使うのですが、昔のように肩肘張って飾り立てたラグジュアリーではなく、正直に、自分らしくピュアに、くつろいだラグジュアリーというのが現代にふさわしいと思います。ウォルドーフ・アストリア大阪においてもゲストの皆さまが日常を離れた体験ができる場所として、自分なりの秘密の場所でくつろげるような経験をしていただければうれしいです」

現代に求められているのは「くつろいだラグジュアリー」と語るアンドレさん。

インタビューの最後に、アンドレさんはパンデミックを経た現在、改めて旅の意義について考えたと語ってくれた。「私はこの2年半、どこにも渡航をしませんでした。それがつい2週間前(2022年6月15日現在)からロンドン、コート・ダジュール、ミラノ、バンコクと各都市を巡りました。久しぶりに街に出てみると、人々が会って話をするという光景が戻りつつあった。いよいよ日常が戻ってきたとき、ラグジュアリーホテルの役割について改めて考えたのです。人々が旅に求めているのは自らの足でその土地へ行き、その目で確かめ、体験をすることです。ですから長い時間をかけて遠方からやってくるゲストには、その土地らしさを感じてもらいたいのです。そしてそれを提供するのが、ラグジュアリーホテルの使命だと感じています」。新しい大阪の魅力にあふれたラグジュアリーな旅の扉は、ここウォルドーフ・アストリア大阪から開かれるだろう。

André Fu(アンドレ・フー)
建築家としても、ヨーロッパと東洋の要素が調和したホテルやレストランなどのデザインを手がける、アジアで最も注目されるインテリアデザイナー。“relaxed luxury”の理念を基に、魅惑的で美しく、温かみのある独創的なインテリアを生み出す。代表作に、ルイ・ヴィトンの「オブジェ・ノマド」コレクションの家具や、名門現代アートギャラリー「ペロタン」(東京・上海・香港)、プロヴァンスのホテル「ヴィラ・ラ・コステ」、「ザ・バークレー ロンドン」、「セントレジス香港」や「ジ・アッパーハウス」、「ホテル ザ ミツイ キョウト」など。

文:久保寺潤子 写真:Common Studio